バスを降りたぼくたちは、広大な寺院のような敷地に出て、入り口近くの大きなお堂に荷物を置くよう指示された。
お堂の外には折り畳み式のテーブルや食材の入った袋が大量に並べられており、ぼくらはそれを持たされたまま、敷地から林を抜けて河原へと誘導された。
そうして、グループごとにカレーを作るよう言われたのだった。
ぼくは少し拍子抜けしながら、同じグループになった小柳と会話を続けられることを嬉しく思うのでもあった。
「世界を保存しておきたいのなら、そもそもリセットする必要もないんじゃないのかな」
河原でジャガイモの皮を剥きながら、ぼくは小柳に問いかけた。
「ぼくが自分の人生に納得がいかないことと、世界に美しいものがたくさんあることは、何も矛盾することじゃないんだ。だから、ぼくが納得いかずにリセットしたとしても、そういうものは残されていてほしいと思う」
「じゃあ、この教団は?」
小柳は思いもしない問いをぶつけられたというように、目を丸くしてぼくを見つめた。
「どうだろう、わからない。ここの人たちの優しさは、そのままであってほしいと思う」
「でも、それは教団のシステムと表裏一体のものなんじゃないかな」
「そうだね、本人が優しくなる代わりに、まわりの人の自由が制限されなきゃいけないんだとしたら……」
小柳は作業の手を止め、そのまましばらく黙り込んだ。
そうして唐突に、澄んだ瞳をこちらに向けて、「ねぇ、抜け出さないか?」と弾んだ声で持ちかけてきた。
ぼくは即座に頷き、ジャガイモとピーラーをテーブルに置いた。
その決断には一切、思考の類が介入することがなかった。
ただ、ぼくのうちに長い時間をかけて吹き溜まった濃い靄のようなもの――世界への疑問や疑念が、小柳の言葉でスイッチを押されたように、衝動となってぼくを突き動かしたのだった。
そのまま、同じ班の人に「トイレに行ってきます」と言い残し、ぼくらはその場を後にした。
ぼくらの脱出には目的がなかった。
それは逃避のための逃避で、それによって引き起こされる現実的な変化について目を閉ざし続けることそのものが、ぼくらの行動の核になっていた。
しばらく川を上り、石をつたって対岸へと渡ったところで、ぼくらは顔を見合わせ微笑んだ。
それは完璧な瞬間だった。
ぼくらの若い肉体から堰を切ったように溢れ出す汗も、正午の日差しを反射する水面のきらめきも、あらゆる自然が解放の時を祝福していた。
その確かな達成の感覚は、出会って数時間のぼくらを親友として結びつけるのに十分だった。
「森の奥に行ってみないか」
小柳の提案は魅力的に響いた。
いま、ぼくらのあらゆる行為と決断は自由であり、それでいて許されているのだと思った。
人生で最も特別な時を過ごしているという確信、それを共有していることへの確信が、ぼくらの足取りを力強いものにした。
「誰かいる」
だから、そう言って小柳が立ち止まったときも、ぼくらは内に芽生えた勇猛さの感覚を失うことがなかった。
それが何であろうと、目の前に現れるのはぼくらによって乗り越えられるべき課題であり、ぼくらはそうした困難をむしろ期待してやまなかったのだ。
目に映ったのは、赤子を抱いた紫の法衣の男と、それを囲む四人の黄色い法衣の男たちだった。
直感的に、それは不穏な予感を抱かせる光景だった。
「あれは、まずいよ」
使命感に満ちて小柳は言った。
「あぁ、止めなきゃまずい」
何一つ状況を把握しないまま、召命感に駆られぼくは同調した。
「後をつけよう」
足を踏み出したぼくらの目の前に、突如として巨大なスキンヘッドの男が立ちはだかった。
「何だ、お前ら」
物々しい肉体の存在感に、ぼくらの脳みそは急激に冷却されていく。
いきなり取り戻された冷静さのなかで、視界に映ったもう一人の人物――それがずっと思い焦がれた当の人であることを、ぼくはすぐには理解することができなかった。
[連載小説]像に溺れる
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