――本当のこと、知りたい?
コーウが引き取られていった日の夜、カイドリからメッセージが送られてきた。
それはカイドリがはじめて私に向けた、意味のある言葉だった。
何の話か見当がつかなかったが、ともかく「知りたい」と即返信する。
――コーウは教祖の子。DNAの結果は偽造した
――いや、話が急すぎんだけど。どゆこと
――コーウの母親はある教団の信者。教祖の子どもを産むと、特別な階級みたいなのが与えられる。でも実際、何か扱いが変わるわけじゃない。むしろ教祖の子を正しく育てるためにって、高いもの色々買わされる
――なにそれ。子ども産ませて金もむしり取ってるってこと?
――そう
――それで儲けてんの?
――主な収益源は別
――つーか教祖の子どんだけいんだよ
――何百人もいるって。知らずに育てている旦那さんもたくさん
――地獄じゃん。ヨネザワはそういうのなくしたいんじゃないの
――そうだね
――じゃ、なんでコーウの検査結果いじったの
――コーウが教祖の子どものままだと、そのうち連れ去られてた
――どういうことだよ
――既婚者に教祖の子どもができた時、教団は二通りの方法を使う。バレなければそのまま、夫の子どもとして育てさせる。疑われたらDVを理由に夫と離婚させて、慰謝料と養育費を払わせる
――いや、わざわざそんなことする?
――実際、タカユキさんが疑いの言葉をかけてから、コーウの母親は病院に通っている。DNA検査が少しでも遅れていれば、タカユキさんの前から奥さんとコーウはいなくなってた
――結局、私たちは何をしたことになんの?
――何もしていなければ、タカユキさんはコーウが誰の子かもわからないまま、慰謝料と養育費を払わされていた。奥さんは教団のポジションを得られただろうけど、搾取され続けることに変わりはない。コーウは教団の宝として幼い頃からドップリ教育を受ける
――それで、今は?
――タカユキさんはコーウが自分の子どもと思いこんでいるけど、奥さんの態度に絶望している。奥さんはコーウが教祖の子じゃないと思わされて絶望している。コーウはタカユキさんの実家に引き取られた
――マシになったのか?
――わからない。ヨネザワは、マクロにしか物事を見ない。何が教団に対するダメージになるかってだけ。それに、たぶんこの件はまだ終わりじゃない
カイドリのその言葉は、数日後に現実のものになった。
朝、新聞を読んでいたヨネザワが、険しくキモい顔で「やりやがった」と叫び、仰々しく席を立つ。
放り出された新聞には、「孫誘拐で祖母逮捕」の見出しがあった。
「ねぇ、これ」
私の呼びかけに、青筋を立てたヨネザワが振り返る。
「奪い返された。教祖の子だとバレたならまだマシだが、そうじゃなければ最悪、売られることになる」
「は? 売られるって、コーウが?」
「ほかに何がある。いいから早く行くぞ」
何が何だかわからないまま、ともかくドタドタついていく。
駐車場まで走りながら、ヨネザワはどこかに電話し、しきりに何かを確認するようどやしつけている。
飛び乗るやいなや発進した車は、新車らしかぬ轟音を立て、タイムスリップしそうな勢いで公道を爆走した。
急な展開に、頭が追いつかないままヤバい現場に到着するのかと思ったら、車は高速道路に乗ってしまった。
「どこ行くんだよ」
「総本山だよ」
「コーウ取り返すの?」
「現場を押さえんだよ。最悪、俺は帰って来れないかもな」
「どうでもいいけど、コーウは取り返せよ」
スピードメーターが見たことのない角度に振れている。
一時間ほどして降りたインターには、見覚えのある地名が表示されていた。
イヤな予感をなぞるように、既視感のある景色が続いていく。
狭い山道に入ったところで、私はいよいよ現実逃避をやめることにした。
向かっているのは間違いなく、ママがハマっていた宗教団体の総本山だった。
[連載小説]像に溺れる
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