過程はどうあれ、ヨネザワの仕事のゴールはいつも、何かをどこかに置くことだった。
指輪のケースをパチンコ屋のトイレに置いたり、デパートの紙袋を野球場の座席の下に置いたりした。
それがその後どうなったのか、私は何一つ知らない。
少なくとも、何かのニュースにはなっていないようだった。
ともあれ今は、謎の液体が入ったこの瓶をキッチン下に置かなきゃいけない。
流しの下の扉を開けると、下水の嫌な臭いがする。
同じような瓶が並んでいたので、適当に置いておく。
それが何なのか、私が何に加担したのか、私は何も知らない。
それでも、置いたものは何やら時限爆弾みたいな顔をして、私に存在をアピールしてくる。
誰かがそれに気づくかもしれないし、気づかないかもしれない。
どちらの場合に何が起きるのか、そもそもどっちの方が都合がいいのか、というかそれは誰の都合なのか、気になるような気もするが、結局のところどうでもいいような気もする。
ポリ袋を出しとけと言われていたのを思い出し、二十ほどあるそれらをイソイソ玄関の外に出していく。
二階から業者の顔をしたヨネザワとカイドリが、二人がかりでオフィスチェアやら本棚やらを下ろしてきて、それなりに手際がよく見える。
女性は未だに伏し目がちではあるが、ヨネザワには少し気を許したようで、数年前に事故で死んだという旦那の話をしている。
いま整理しているのがその旦那のものらしい。
「モノまでなくなると、全部忘れちゃいそうで。でももう、私もいつダメになるかって思ったら、ある程度は、って」
ヨネザワは「わかりますよ、寂しいけど、心配ですよね」とか言って深く頷いている。
何やら背筋がゾッとする。
それが何に対する何の感覚なのかわからず、ただなんとなく、その旦那の事故死にヨネザワが関与していたのだろうと、根拠のない直感があった。
ヨネザワが女性から金を受け取り、車に回収したものを積んでいると、女性が申し訳なさそうに「あの、やっぱり椅子だけは戻してくださる?」と切り出してきた。
普通に快諾するのかと思ったら、ヨネザワはあからさまに表情を曇らせ、大きな溜め息をついた。
「お母さん。ダメだよ、それは。振り向くのが一番ダメだ。思い出は沼だよ。前に進もうとするたび、足を重たく引きずり込んでいくんだ」
急に野太く響いた声に対してか、唐突な説教に対してか、女性は呆気にとられている。
私もわけがわからない。
ともかく、への字の眉毛がキモい。
「踏み出そうと勇気を出したから、俺らを呼んだんでしょ? ダメだよ、これからは旦那との思い出のなかで生きていくなんて、旦那さんも望んじゃいないよ。楽しいこといっぱいあるって。今何歳よ、まだまだ長いよ人生。楽しんでいこうよ」
そう言って、女性の肩をポンポン叩く。
なぜか女性は涙ぐみ、「そうね、前を向かないとね」とか言って、何やら二人で勝手に大団円感を出していた。
三文芝居を見せつけた疚しさなど一切見せることなく、帰りの車内でヨネザワは鼻歌まじりにタバコをふかしていた。
何を考えているのかまるでわからず、キモいマッチョな巨人がヤバい思想を持っている、という救いのない事実だけがある。
ともあれ今のところ、他人事で済んでいるので気にしないようにしている。
廃棄物処理場を回り、引き取った物品をさらに引き取ってもらう。
用済みのものを引き取って運ぶだけでも何かの仕事として成り立つらしく、要するにいらないものをどこかに追いやるにはそれなりの労力がいるようだ。
たしかに私の体をこの世から処分しようとしたとして、水に潜れば膨れてガスを放出し、燃えれば周りの何かを巻き込みCO2とかもたぶん相当出るのだろう。
何より苦しいのも熱いのも嫌だ。
死ぬのにもコストは必要で、だから仕方なく生きている、という人はどれくらいいるのだろう。
家に帰るとマツシマが夕飯の支度をしている。
「お帰り、お風呂入ってきな」
マツシマの定型句を聞くたび、自分がずっと前からここで暮らしていたように感じる。
風呂から上がり、ソファに転がり3日前に買ってもらったスマホを弄ってみる。
普通の家に暮らしている、という感じがする。
それが心地いいことなのか、自分が望んでいたことなのか、よくわからなくなるほど私は当たり前にここにいる。
「ご飯できたわよ」
マツシマの呼びかけに、テーブルの方へ集まっていく。
ここでは誰の血もつながっていない。
だからいつでも、どこに行っても構わない。
ここに来たとき、ヨネザワは私にそう言った。
テーブルを囲う四人にどんな名前が付けられるのか、そんなことは大して重要なことではなかった。
[連載小説]像に溺れる
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