「最近、元気ないわね」
回転するろくろに目を向けたまま、長浜さんがそう声をかけてくる。
彼女は事故で夫と娘を失ってから、長年この施設に通い続けているという。
おそらく何度か経験があるのだろう、ろくろに置かれた粘土は導かれるように、小皿の形状へと仕上がっていく。
なんとなく、世界の創造はこのようになされたのではないかと思える。
「頭にも傷をつくって。話すだけでも、違うかもしれないわよ」
ぼくの小賢しい自罰のしるしを、彼女は正面から心配しているのだった。
「学校で、ケガさせちゃったんです。バスケットボールで……」
「そうなの。人を傷つけちゃうのは、辛いわね。あなたみたいな子は、とくに」
ぼくのろくろは、日光を奪われて久しいヒマワリみたいに、萎びきってしまっていた。
「昔から運動が苦手だったんです。なるべく邪魔にならないように動かなきゃって思うんですけど、無意識にボールの方に向かってました」
「あら、それはよくないと思うわ」
彼女は自分のろくろを止め、切り糸で器の部分を切り離す。
「そうなんです、ぼくがボールに触ろうなんて思わなければ……」
「そうじゃないわよ。邪魔にならないように、っていうのがよくないと思うわ。体育なんだから、上手も下手も関係なく頑張らないと」
長浜さんは切り離した器を眺め、満足そうにテーブルに置いた。
聞きながら、ぼくは彼女の話を理想論に過ぎないと考えていた。
極端に下手な人間がいれば、どうやったって他の人間は楽しめなくなるのだ。
気にするなと言われても、邪魔になっている事実があるのだからどうしようもない。
と、ろくろに苦戦するぼくの手を、長浜さんが両側から支えた。
「全体の流れを意識して。粘土がどう動こうとしているか。あなたはどう動きたいか。それぞれの声に耳を傾ければ、不思議と調和していくの」
不格好だが、何やら器らしき形が浮かび上がってくる。
手のひらに形を感じる。
形になろうとする動きを感じる。
「人間も一緒。どっちかの思い通りにはいかないけれど、意外と落としどころは見つかるものなのね」
長浜さんがろくろを止める。
どこかを寝違えたような、不自然な重心の器があった。
ふふふ、と長浜さんが笑う。
ぼくも笑った。
「自分のなかに閉じこもっちゃダメ。でも、それはわかってるわよね。どうしたらいいのか、わからないのよね」
ぼくは頷く。
声が出てこない。
「踏み出すことは簡単じゃないわ。いつでも帰れる場所がないと。私は、あなたにとってここがそうなるといいと思ってる」
ぼくはどうだろうか。
ぼく自身すでに、それを望むようになっているのではないか。
「そうだ、今日このあと、和合の儀があるの。まだ参加したことないでしょう? 今のあなたに、意味のあることだと思うの」
ぼくは頷いた。
その儀式がなんであるのか、実際のところぼくにはどうでもよかった。
長浜さんの優しい声を聴いていたいと思った。
ぼくを肯定する毛布のような膜の中に、いつまでも留まっていたいと思った。
連れられて行った2階のフロアは、今まで立ち入ったことのない場所だった。
エレベータホールの向かいに、同じ装飾の黒い扉が3つ並んでいる。
長浜さんが一番右の扉を開けたのに続いて部屋に入ると、黒い大理石のような内装の中央に、巨大な白い球体が鎮座している。
直感的に、そこが足を踏み入れてはいけない場所であると理解される。
しかし入ってすぐに、球体を取り囲むように並んでいた人々の輪に加わるよう促され、引き返すことはできなくなっていた。
[連載小説]像に溺れる
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