ギターがギャンギャン唸っている。
会場の視線は坂本の消えた方向に集中している。
抜け出し、暫定パパの背後に忍び寄る。
勢いをつけ、股間に思い切り蹴りを入れた。
ひゅっ、と喉が何かを吸い込む音を立てながら、暫定パパは崩れ落ちた。
唖然とした表情で暫定パパを見下すママに、すかさず平手打ちを食らわす。
少し間をあけ、「いたぁい!いたぁい!」とヒステリックに繰り返す。
そのたびビンタをかましてやる。
実際こんなの、効いちゃいない。
この人の、助けてアピールがウザったい。
てめぇの娘じゃねぇのかよ。
騒ぎを聞きつけ戻ってきたデラウェアに抑えられ、頭から血が下りていく。
気づけば肩で息をしている。
今度はニコチン中毒のせいじゃない。
抑え込まれていた熱源が、一気に解放されていた。
連行されながら、ママがうずくまって泣いている姿が見える。
私にはそれがポーズだってはっきりわかる。
終わったな、どうやって生きてこう。
ぐるぐる階段を下りながら、脳がフル回転している。
はじめて世界に降り立ったみたいに、無数の可能性が脳を掠めていく。
学校を辞めても、あの親から離れりゃ何だってできる気がする。
むしろテンションが上がってきた。
さっきまでいた和室に連れ戻されて、今度はばっちり二人のラベンダー坊主が監視についた。
坂本もいる。
思っていたより落ち着いていて、さっきよりもいい顔をしているように見える。
「スッキリしたわ。家出ることにした」
今度は私が自分語りをしている。
「俺も……」
続く言葉の前に、障子がすごい勢いで開かれた。
見ると、坂本の母親が肩で息をしながら立っている。
「ゆうた、ごめんなさい。私が間違ってた」
近づいている母親を、坂本はまだ訝しげに観察している。
「あなたのことを、見ていなかった。逃げてたって気づかされたの」
ゴクリとツバを飲み込み、坂本が口を開く。
「どうすんだよ」
「帰りましょう。お父さんにも、きちんと謝る。お母さんにチャンスをくれる?」
目を合わせないまま、坂本は頷いた。
横顔にはやっぱり、幼稚園児みたいな面影が見て取れる。
「ありがとう……あなたも」
坂本の母がいきなり、こっちに向き直る。
「あなたのおかげで気づけた。私もゆうたに、これだけのことをしていたんだって。本当にありがとう」
よくわからないが、悪い見本みたいなことだろうか。
とりあえず「うす」と返しておく。
去り際、坂本は少し照れくさそうに私の方を見てきた。
私はどんな顔をしていただろう。
悪い顔ではなかったと思う。
まぁ、どうにでもなるわ。
悪くない気分だった。
ママと暫定パパがどう出てきても、私は私のやりたいようにすればいいと思った。
ところが、儀式が終わって私を迎えに来た二人は、さっきの記憶がすっかり消え失せたような顔で接してきた。
「水はたっぷり飲んだかしら? ちゃんと飲んでいれば、数週間で浄化されるからね。そうしたらまた、ここに戻ってきましょう」
冗談ではない。
除去できない汚れがつくんじゃなかったのか。
いやそういう問題じゃない。
なんで二人とも、蹴りにもビンタにも触れてこないのか。
わけがわからなかった。
帰りの車内で、二人はこちらに目もくれず、サプライズ登場したらしいタイガンサマについて盛り上がっている。
さながら推しに会えたファンの、興奮さめやらぬ様子だ。
なんとなく、タイガンサマから直接かどうかは知らないが、私を見放さないよう諭されたんだろうな、という気がしてくる。
私の覚悟はなんだったんだろう。
デカいはずの車がやたら窮屈だ。
私はこの無関心な小屋の中から、どこにも行くことはできないのだろうか。
[連載小説]像に溺れる
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