夜明けの宙ぶらりんの時間が、朝露となって森の中に残されている。
肌に触れる風がひんやりとした水気を含んで、そのうち露は消えてしまう。
人間の気分みたいだ。
太陽を浴びて気持ちよくなり、雨が降ればすべてが怠い。
あまりに単純なものに私は振り回されていて、なんだかアホみたいだけど、べつにそれでいいようにも思う。
私は川を探している。
手に持たされた桶に水を汲まなきゃいけないらしい。
これもコウテンノギの一環だった。
朝日を眺めている山吹色の私たちに、デラウェアのオッサンはあらたまって次の指令を出した。
みんなの魂がいい感じに裸になったから、実際の儀式に移るのだと言う。
ずいぶん簡単だな、と思ったが、幻想的な朝焼けの前ではそれなりに説得力があった。
儀式もムードづくりが大切らしい。
川を見つけて水を汲み、なんかのデカい岩のところで三周回って、ご神木的なやつに水をかける。
その木の根っこが進むべき方向を指しているらしい。
それに従って、日の出る場所へと進むことができれば、永遠の光源が魂に刻まれるという。
なんのことやらサッパリだが、要するにオリエンテーリング的なことだろう。
加えて、オッサンは私たちに二つのタブーを言い渡した。
「光転の儀は、純然たる魂が、万有の糸に導かれることで取りなされます。一人一人が、万有の糸の導きに触れなくてはならないのです。そのため、一人ずつ間隔をあけて出発してもらいます。途中で他の誰かに会ったとしても、一切言葉を交わしてはいけません。
もう一つ、『沼』には決して立ち寄ってはいけません。あなた方の魂はたちまち汚れ、取り去ることのできない澱が残されるでしょう」
敷地を取り囲むように広がる森に、山吹色の人間が一人ずつ放たれる。
時間だけでなく、出発ポイントもずらしながらスタートさせられた。
地図もないし、道順も聞かされていない。
ただ、「ゆがみのない、まっすぐな魂の声に耳を傾ければ、おのずと道は示されるでしょう」とかいうアドバイスがあった。
まっすぐ進めってことだろうか。
ともあれフラフラ、森の中へと入っていった。
あてもなく歩くのは不思議と嫌じゃなかった。
森を歩いてるだけならゴウもないし、誰かといるよりよほど気楽に思える。
散策しつつ、川とかが見つかればいいし、このまま森を抜けて知らないところに出てしまってもいいと思う。
歩くにつれて、山の傾斜がキツくなってくる。
木の密度も高くなって、サバイバルガチ勢以外お断り、みたいな雰囲気が漂ってきた。
そろそろ考えないとやばいかな、と思ったが、先の方で斜面がすとんと途切れているのが見えた。
行ってみると、川に向かって下りの斜面が開けている。
川の幅だけ森が開けて、水面が日光を不規則に反射し、きらきら眩しい。
駆け下りて、川に触れてみる。
ひんやりした水圧がてのひらを押し抜ける感触に、よくわからない満足感を覚える。
触覚だけでテンションが上がったり下がったりする。
やっぱりアホみたいだけど、それでいいと思う。
[連載小説]像に溺れる
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