案内係に連れられトイレに向かい、便器に吐いたものを流す。
トイレは普通に新しく、洗浄機能がついていた。
水が湧くマークが、やたらシュールに見える。
洗面台で杯をさっと流すが、どうするべきか迷う。
弁償だろうか。
高そうだ。
トイレを出て案内係に「これ、どうすれば」と聞くと、「あぁ、引き取りますね」と手を伸ばしてくる。
ビビって引っ込め、「いや感染とか」と言っても、きょとんと天然みたいな顔をしている。
ノリを合わせなきゃと思いつき、「闇のアレでヤバいんじゃ」と言うとようやく合点したみたいに、「あぁ、安心してください。この庭は光で満ちていますから、すぐに代謝されますよ」とか言う。
諦めて杯を渡す。
まさかそのまま使わないよな、と思ったが、考えないようにした。
戻ると、司教っぽい人は私を見るや「これは素晴らしい」と大仰にふるまい、ママと暫定パパに向かって「彼女の光は、今や闇に打ち克ちました。善なる魂を感じるでしょう」と呼びかけた。
その言葉にママは「あぁ」と漏らし、焦点の合わない目をこっちに向けて、涙まで浮かべている。
ゲロを吐いて親を泣かせるとは思わなかった。
「早速、外で試してみましょうか」
司教っぽい人はそう言うと、入り口の方に向かっていった。
白い庭の隅に、滑らかに研がれた楕円体の黒い岩がある。
車くらいはありそうだ。
司教っぽい人はそこで足を止めると、「では、裸足になってこの岩に上ってみてください」と宣う。
考えるだけ無駄だと思い、言われた通りにする。
表面はたぶん毎日洗われているのだろう、周りは砂地なのにツルツルを保っている。
岩肌がじりじり焼けている。
「今だ!飛び降りて!」
緩急えぐいわ、と思いつつ、飛び降り砂場に着地した。
みんな緊張した面持ちのまま、こっちを見ている。
とりあえず靴を履こうとそこから動くと、司教っぽい人が私の着地ポイントを覗き込み、「しるしだ、もう安心だ」と高らかに宣言した。
どうやら着地の足跡がいい感じだったらしい。
基準はまったくわからない。
ママは感極まったかのように、ふらついて暫定パパの胸に体をもたせかけ、呼吸を整えようとしていた。
この人は自分をもたせかけてばかりだ。
帰りの車内でずっと、タイガンサマのしるしトークで盛り上がる二人を眺めながら、あっけらかんとした悪意が芽生えてくるのを感じる。
私自身がどう振る舞おうが、この二人はきっと同じ芝居を演じつづける。
私はたぶん、決まったストーリーへと話を都合よく進めるための、舞台装置的なやつなのだろう。
ヒーローとヒロインを結びつける指輪が、本当は邪悪な本性をもっていても、作品に描かれなければ関係ない。
私の心は描かれない。
こんなに気楽なことがあるだろうか。
着地したやわらかい砂の、体温みたいな熱の感じが足の裏に残っていた。
そのまま足のほうからサラサラと、私も熱を帯びた砂になってしまえばいいと思った。
[連載小説]像に溺れる
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