祭壇は四本の柱に囲まれている。
柱の内側の空間は床が一段高くなっていて、照明の当たり方もアホみたいにつよい。
格闘技のリングに、金持ちの葬儀の祭壇をブチ込んだみたいだ。
祭壇は基本お寺の形をしてるんだけど、ど真ん中にデカい玉が置いてある。
白く濁った水晶玉の中央に、もう一つ小さく、メノウだろうか、斑なオレンジの球体が埋め込まれている。
目玉を意識しているんだろうか。
趣味が悪い。
南国の鳥とか、アマゾンのカエルとか、あ、こいつ正気じゃねぇなってタイプのヤツだ。
案内係は私を祭壇の正面に立つよう促した。
暫定パパとママは柱の外側からこっちを見ている。
気分はアリーナだろうか。
プロレスのセコンドだろうか。
いっそ、路上ライブをスルーする通行人くらいの感じでいてほしい。
案内係が姿を消してから少し間を置き、照明が暗くなると、あからさまに偉そうな身なりの人が祭壇の裏から出てくる。
坊さんというか、司教っぽい格好をしている。
なんでもありのコスプレみたいで、世界観がよくわからない。
「迷いのうちにある者を、大願様は見捨てません。苦しかったでしょう。もう案ずる必要はありません。あなたは、大願様の導きでここにいるのです」
いきなり、今までの行動がタイガンサマとかいうオッサンに監視されていたことを知らされた。
そうすると、目の前のデカい水晶はタイガンサマの目玉ってことだろうか。
巨大なスライムが、ぬるぬる体を覆ってくる感じがする。
タイガンサマの本体だ。
だったら、どうして――どうして、何だろう? どうして、留年した? どうして、いつも孤立する? どうして、シンママの子どもは変な目で見られる?
「どうして」を、どこまで遡ればいいんだろう。
司教っぽい人が祭壇の中央で足を止めると、そこにスポットライトが当てられ、会場に音楽が響きはじめる。
念仏とも違う、インド映画とかに流れていそうな音。
さっきの案内係がやっているのだろうか。
「闇は、共鳴し、増幅する性質をもっています。あなたのうちに巣喰った闇は、俗世と交わるにつれ膨らみ、内側からあなたを苦しめるでしょう」
似たような話を、前にも聞かされたな、と思う。
私のうちに巣喰った闇。その言葉が、ぐちゃっと黒ずんだ私のゴウを飲み込んで、はっきりした意味を伝えようとする――お前はもともと、生まれてくるべきではなかった人間だ。
ギターが響く。
インド音楽とパンクのセッションに、目玉の奥が絞られる。
吐きそうだ。
「闇は誰のうちにもあります。無理に取り除こうとすれば、かえって広がってしまうこともある。生命の、代謝の力を引き出しましょう。自然に闇を流してしまうのです。代謝がないまま、体を闇の根城とされるのが一番いけない」
そう言って、司教っぽい人は祭壇から何かを手に取り、こっちに差し出してくる。
金色のざらざらした杯に、茶色く濁った水が溜まっている。
「これを飲みなさい。あなたのうちにある、光の力を引き出してくれる」
光の力なのか代謝の力なのか、はっきりしてほしい。
とりあえず受け取ると、司教っぽい人は手を合わせ、音楽に合わせてホンダラウニャウニャ、みたいに唱えはじめた。
ママが祈るときと同じ音だろうか。
人の行動全部に意味を貼り付けておきながら、祈りの言葉だけを聞き取れなく発するのはなぜだろう。
言葉の意味がわからないから、そのうちなんだかどうでもよくなってきて、あぁ、これが狙いか、とピンとくる。
どうでもよくさせるために、聞き取れない言葉を使うんだ。
少し愉快な気分になった。
「どうして」なんて、考えること自体がゴウの元なのかもしれない。
そのまま、茶色い水を一気に飲んだ。
何かの根っこみたいな土臭い味がして、本格的に吐き気がこみ上げてくる。
ヤバいと思ったときには遅かった。
思いっきり杯に戻してた。
司教っぽい人の目が見開かれ、けれどもすぐに元の穏やかそうな顔に戻る。
「いい兆候です。それは、闇が打ち砕かれているしるしです」
さすがに正気を疑う。
ゲロにまで意味をくっつけてくる。
というか、早く処理したい。
「すんません、トイレに捨てたいんすけど」というと、「えぇ、どうぞ。そのうちに、光も安定するでしょう」ときた。
ちらっと後ろのママを見る。
子どもの快癒を医者に知らされた親の顔をしていた。
[連載小説]像に溺れる
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