突然、不快な発見に身体が硬直するのを感じる――ぼくがあそこで声をあげなかったのも、恣意的な選択にほかならないのではないか?
仮に前日、遠藤から嫌な思いをさせられなかったとしたら。
もしぼくが、遠藤に何らかの好意を寄せていたとしたら。
ぼくの主観的な心境次第では、あそこで検挙の不当性について訴え出ていた可能性もあったのではないか。
もともと、クラスの決め事に関しては発言できなかったが、先生に対して意見を述べることには抵抗がなかった。
点数を取っているぼくの意見なら、大抵の先生は真面目に取り合うからだ。
あそこでだんまりを決め込んでいたことで、ぼくは遠藤を淘汰することに加担したのではないか。
そんなはずはない、そもそも、不良のような行動をすることで自分の居場所を確かめようとした遠藤が全面的に悪いのであって……というか、ぼくがわざわざ声をあげる必然性などないのだから、気に病むことなど一切ないはずで……
すべてが後付けの弁解のように感じられた。
自身が罪を犯した可能性に思い至ってしまうと、それを払拭しようとするあらゆる言葉が、汚れた言い訳になっていく。
突然ポケットから振動が伝わり、ぼくは小さく身を跳ね上げた。
SNSからの通知を開くと、先日の持ち物検査を摘発する投稿が何度か拡散されている。
その場で何も行動しなかった自分自身の姿まで誰かに見られてしまっている気がして、ぼくは自分の醜さを感じる。
その日の夜までに、ぼくの投稿は30回以上も拡散されていた。
そのうちのいくつかには、コメントが加えられている。
――今もこんなんあるんだ。教師の脳ミソって昭和で止まってるよね
――そもそも校則に違反してんだから仕方ないよね。普段の行いでしょ
――どこの底辺校ですか?バカに人権は存在しません
暴力的な言葉に、ぼくは打ちのめされる思いがする。
ぼく自身が否定されたことそのものよりも、刃物のような言葉をこうも簡単に振り回すことのできる人が存在していること、そのような世界に自分が生きているということに、なんだかもう、すべてを投げ出したい気分になってくる。
自分の投稿の下に表示される「アナリティクス」のボタンを押すと、すでに1万以上の人に投稿が見られていることがわかる。
そのうちどれだけの人が、これを見て攻撃的な気持ちになっただろう。
リプライがまた一つ増える。
――今時持ち検って。PTAとか、よっぽど外圧なきゃやらないと思うよ。
外圧、という言葉に、新しい電子回路が引かれたような閃きが走る。
委員長の芝原あゆみの親は、この地区の議員で……自分も政治家になるのだと、入学時のオリエンテーションで話していた。
重ねて、文化祭の班決めについて白沢がぼくに発した、「芝原さんに直接お願いしたの」という言葉……。
いくらなんでも、突飛すぎる考えだ。班決めで融通を利かせる、そのくらいのやり取りなら、誰にだってありうるだろう。
第一、芝原にもその親にも、メリットのない話だ。
馬鹿馬鹿しい疑惑を抱いたことをなかったことにしようと思い、なんとなくSNS上のニュースに目を走らせる。
と、政治家が親族に大手企業の重要ポストを斡旋した疑惑が取り沙汰されている。
ぼくはしばらく無心でそのニュースの詳細を追ったあと、いや、そんなまさかと、声に出して自分に言い聞かせ、スマホをベッドに放り投げた。
[連載小説]像に溺れる
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