「適応のハードルは同じじゃない。他よりハードルが高い人がいる以上、その人が適応できていないことをあげつらうのはフェアじゃない」
「それはそうだけどさ、それあの二人のことを言ってる? 梶谷君のことでしょ? そこ一緒にしちゃダメじゃない?」
そう言われて、ぼくは自分が遠藤たちに入れ込んでいることに気づく。
黙り込むぼくに、白沢が追撃を加えてくる。
「溶け込みたくても溶け込めないっていうのと、わざわざ自分から反発するのは全然別でしょ」
そうなのだろうか。
ぼくはなぜ遠藤に同調するような思いを抱いているのだろう。
ぼく自身が、反発したいような思いを秘めているからではないか?
溶け込めないから反発する。
反発するから溶け込めない。
どちらが先で、原因がどちらにあるのだろう。
なにか言葉を返そうと口を開いた瞬間、昼休み終了の予鈴が鳴った。
「なんていうか、あんまり悪く捉えないでほしいな。誰かを排除しようなんて、そうそう思う人いないよ」
そう言って白沢は教室に戻っていった。
ぼくは依然として釈然としない思いを抱いていたが、どこに納得がいっていないのか、自分でもよくわからないでいた。
とにかく、一人ひとりに排除の意向があるかどうかにかかわらず、特定の人間が淘汰される構造は、否定しようなく存立しているように思われるのだった。
駅から整然と伸びる街並みは、あらゆるものが明るく映り、なにか陰鬱なものを内に秘めたまま歩くことそのものが罪であるように思えてくる。
道に沿って続くカフェや洋菓子店、古本屋の小洒落た店構えが細い路地を挟んで途切れ、歩道の両脇に自転車がずらっと視界の向こうまで並んでいる。
少しずつ異なる径のタイヤが、微妙に揃わない角度で並ぶ様に、ぼくはなんだか急かされているような気がしてくる。
あらゆるものは、前進する意思をその身に宿していなくてはならない。
自転車の列に沿って、名の知れた大学の敷地が延びている。
ここなら通うのは随分楽だろうと行き来するたび思いつつ、そこをはっきり「志望校」と言ってしまうとなんだかそこらの大学生が全員羨ましくなりそうで、中途半端に距離を置いている。
それでも無意識に気にはなってしまうので、校門を通りすぎる際、ちらりと中の様子を窺ってみるのが常になっていて、そこからはほとんど樹木しか見えないのだけれども、ともあれそこにいる人たちは何やら自由で、縛られていないという感じがする。
大学生は、別の基準で生きている大人のように見えた。というよりも、大人のように振る舞うことが、適応の一番の基準になっているのかもしれなかった。
もはや受験の必要もないから、テストの点数に気を揉むことがなくなって、それよりも「社会」というものを見据えなければならなくなるのかもしれない。
社会は海で、学校は水槽のようなものなのだろうか。
水中で生きていくための術を、ぼくらは長い水槽生活を通じて身につけるはずなのだけれども、それが実際に海に出た際にどれほど役に立つか、ぼくらにはわからないのだった。
テストの点数に意味が見いだされない世界で、ぼくはどのように生きていけばよいのだろう。
馴染む、とか、溶け込む、とか、そういう能力には形がない。
むしろ波に揺られて形態を変えるクラゲみたいに、固定の形がないことそのものが能力なのかもしれない。
環境によって形を変える人間を、ぼくはいつからか見下すようになっていたけれど、実際それはコンプレックスの裏返しでしかなく、海の中で生き抜くためにはそういう形のない能力が必要だということに、ぼくはもうごまかしようもなく気づいてしまっている。
[連載小説]像に溺れる
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