遠藤はもともと、別の二人の女子とよくつるんでいたはずだ。
白沢柚希と早川香莉奈という、特進クラスにおいては垢抜けた外見をしていて、器用に何でもこなせるタイプであるため、自然とクラスの中心に位置づけられるような二人だった。
遠藤自身もルックスに恵まれているため目立つ存在なのだが、彼女がなぜヤナガワサンにアプローチしているのだろう。
二人が入った部屋に聞き耳を立ててみようという誘惑を押し殺しながら、ぼくはコロッケパンをほおばっていく。
白沢と早川のグループから、遠藤が孤立したのだろうか。
考えるには材料が少なすぎた。
ぼくが三人について聞いたことがあるのは、遠藤が大学生と付き合っているという噂ぐらいだ。
しかし言われてみると、さっきの「中二っぽい」という言葉もそうだけれど、遠藤にはその先を考えずに直感的な物言いをしてしまうところがあるようだった。
白沢も早川も、人間関係における立ち回りは上手いように思えるから、そういう性質の違いのようなものが、何かの節に露呈し、不仲につながったのかもしれない。
けれどもこの印象も、今の出来事から遡って構築された像に過ぎないのかもしれず、結局のところすべてが想像の域を出なかった。
二つの足音とともに、タバコと香水のにおいが近づいてきて、けれどもそれはいつもの煙たいバニラとは少し違い、おそらく遠藤の、みずみずしいスイカを思わせる香りが混じって、それはなにか、ぼくの身を置く世界の小さな変化を示しているような気がする。
通り過ぎざま、遠藤はなぜか優越の色を含ませながらぼくに視線を向け、いかにもつまらないものを目にしたというように、ヤナガワサンの方へと向き直った。
ぼくはその遠藤の、「こちら側」と「あちら側」を区分するような振る舞いに、自分が気づかぬうちに何か厄介な対立に巻き込まれているような感覚を抱いたのだった。
予鈴とともに教室に戻ると、席にヤナガワサンの姿はなく、カバンもなくなっていた。
5、6時間目はロングホームルームだから、そのまま帰ってしまったのかもしれない。
チャイムが鳴って、岡本先生が出席を取っているとき、遠藤もいなくなっていることに気づく。
今日一日で、遠藤はヤナガワサンとの距離を急激に縮めようとしているらしかった。
[連載小説]像に溺れる
#0 像に溺れる
#1 「適応」の行方
#2 場違いなオレンジ
#3「孤立」という状況
#4「像」の世界
#5 内面世界による救済
#6 注釈を加えているもの
#7 像の交錯
#8 淘汰されるべきもの
#9 空虚な像
#10 SNSの亡霊
#11 作られた像
#12 脱色と脱臭
#13 標本としての像
#14 抽象と具体の接点
#15 内面と世界の間の通路
#16 仮定法の世界
#17 罰による強制
#18 コバンザメ
#19 小さな変化