六波羅蜜寺——「市聖」空也上人ゆかりの寺院【佐京由悠の京都の歩き方】

さて、今回ご紹介するのは六波羅蜜寺です。
清水寺は清水道バス停から坂を上りますが、その反対に坂を下って見えてくるのがこの六波羅蜜寺
立地にもたくさんのヒミツがあります。
歴史から見てみましょう!

【歴史】六波羅蜜寺の歴史

(951)空也により創建(当初は「西光寺」)
(977)空也の死後、中信が改称、「六波羅蜜寺」へ
以後、源平争乱や応仁の乱で諸堂は焼失
→本堂のみ現存
(1969)大規模な解体修理→豪華絢爛な現在の本堂へ

 

まずこの六波羅蜜寺ですが、951年、平安時代の創建です。
空也上人(後述)によって創建された当初は「西光寺」と称されていたのですけれど、彼の死後に「六波羅蜜寺」と改称されました。

この「六波羅蜜」という言葉。なんだか聞きなれないですよね。

コレ、仏教用語で「此の世に生きたまま悟りを開くための6つの修行法」のことを指すんです。
そしてさらにこの六波羅蜜寺一帯を「六波羅」「六原」と称していたのです。

 

六波羅ですが、平安時代末期に平氏一門が根拠地としたこと、それから鎌倉時代に六波羅探題が置かれたことでも有名で、日本史を勉強したことがある方なら「ああ、あれね」という感じ。

この「六波羅(原)」の「六」は「ム」→「霊」につながるといわれていまして「霊が多く集まる原野」という意味をも持ちます。

 

平安時代も末期になりますと、疫病や合戦なんかが相次ぐわけで、仏教でいうところの「末法」に突入する、そこで亡くなった人たちはここ六波羅で葬送されたんですね。

そしてここ六波羅に至るみちが「六道の辻」でして、これを下ると左側に見えてくるのが六波羅蜜寺です。

 

さて、平安末期の源平争乱や応仁の乱で諸堂は焼失、本堂のみ残っていたところ、1969年、大規模な解体修理を行いまして、現在の豪華絢爛な本堂のすがたになるわけです。

 

【みどころ】宝物館

六波羅蜜寺にいったらまずはココ。宝物館

 

空也上人像

入口でチケットを見せて左手へ。まず何といっても空也上人像
そのアバンギャルドな見た目から、インパクト絶大の彫刻です。
そう、口から小さい仏像が6体出ている、あの彫刻です。
こちらは鎌倉時代の仏師で運慶の4男、康勝の作、木像です。

口から出ている6体の仏様は「南無阿弥陀仏」を1文字ずつ表しているのであって、これは空也が唱えた念仏が1文字1文字を視覚的に表現したものです。

 

空也は念仏を唱えながら市中をまわり浄土教を布教したことから「市聖」とも呼ばれています。

 

平清盛像

そして、空也上人像の隣には平清盛像。こちらも有名です。
経巻を手にした気品のある姿で、平家物語でおごり高ぶっているようなイメージとはまた違った印象です。

この空也上人像と平清盛像はいわば宝物館のフラッグシップなわけですけれど、当然それ以外にも貴重な仏様がならんでいますのでぜひチェックしてみてくださいね。

 

【周辺スポット】六波羅蜜寺の周りにある「濃ゆい」場所

六波羅蜜寺の周りにも「濃ゆい」スポットがたくさんあります。

 

六道珍皇寺

まず、佐京が前のめりでご紹介したいのがココ、六道珍皇寺
なんとこちら、地獄への入り口なんです・・・(後述)。

「六道の辻」を通って六波羅蜜寺に向かう途中にあるこちらのお寺、本尊は薬師如来像なのですが、「地獄への入り口」だけあって閻魔大王像が非常に有名です。
閻魔堂という建物の中に鎮座していますが、運が良ければ間近に、運が悪くても閻魔堂ののぞき穴からこれを見ることができます。

 

さらにその隣には「わたの原 八十島かけてこぎいでぬと 人には告げよ あまのつり船」でお馴染みの小野篁像

小野篁は、漢詩・法律・武芸など様々な分野にたけていたとされる人物。
なぜこの人物が閻魔大王の隣にいるかというと、それはこの六道珍皇寺が「地獄への入り口」であることと深くかかわっているのです。

 

実は小野篁、朝廷での仕事を終えたあと、夜な夜な冥土通いをしていたとされているんです。

そして、そこで「副業」として閻魔大王の補佐をしていたのではないかと、そういわれているんです。
このとき、彼が地獄へ行くのに使っていた冥土の入り口がこの六道珍皇寺にあったといわれていて、これが境内にある井戸なんですね。
この井戸も普段は見ることができないのですけれど、本堂の脇の扉ののぞき穴(またかい)からは見ることができます。

 

いろいろと謎の多いお寺なのですけれど、「六原」という地名、葬送地であったという歴史からも納得の寺院ですよね。

 

安井金比羅宮

それと、忘れてはいけないのがココ。安井金比羅宮

こちらは「悪縁を切り、良縁を結ぶ」とされる超有名パワースポットであります。

まぁ、オトナでもコドモでも、この混沌とした社会に身を置いている以上、「切りたい縁」って出てくるじゃないですか(笑)。
それをぶった切ってくれ、さらに良縁を結んでくれるというご利益が知られているのがココ安井金比羅宮なのです。

 

境内でまず目につくのが「縁切り縁結びいし
見た目のインパクトが最強なんです。

幅3m、逆さ1.5mのこの大きな「いし」には人びとの「縁切り」「縁結び」に関するさまざまな願い事が書かれた「形代」(参拝者の身代わりとなるお札)が無数に貼られているんです。それがなんとも言えない迫力。
ぜひ実際にご覧になってみてください。

 

さて、祈願の方法としては、まず本殿に参拝したあと、形代に自分の願いごとを記入し、それを持ってこの「縁切り縁結びいし」の真ん中の大きな亀裂をくぐるだけ。そして最後にその形代をいしに貼って完了。

しかも本殿への参拝と縁切り縁結びいしへの祈願は終日可能。
人目につかない時間にも可能です。

 

【フカボリ】「市聖」空也

空也上人(903~972)は平安末期に活躍した僧。
醍醐天皇の皇子とも言われることがありますが詳細は不明であります。

彼は浄土教が流行した10世紀半ば、念仏を唱えて民間布教をしたことで知られています。

「念仏」とは、文字通り「心に仏(ここでは阿弥陀如来)を念じること」。特に「南無阿弥陀仏」と口に出して唱えることを「称名念仏」とか「口称念仏」なんていいます。

 

空也上人像が6体のミニ仏像を口から出しているのはまさにコレ。
すなわち彼の唱える「南無阿弥陀仏」、その一文字一文字が阿弥陀仏となって表れたという伝承をそのまま表現したものなのです。

 

六波羅蜜寺の基本データ

・アクセス

市バス「清水道」バス停下車 徒歩6分
京阪電車「清水五条」駅下車 徒歩7分
阪急電車「河原町」駅下車 徒歩15分

 

・拝観料    自由
*宝物館は大人600円 中・高・大生500円/小学生400円

・拝観時間   8:00(宝物館は8:30)~17:00

 

六波羅蜜寺についての解説動画はコチラから!

『佐京由悠の中学生からの京都の歩き方~修学旅行を100倍楽しむために~』「六波羅蜜寺」


「佐京由悠の京都の歩き方」第1回 清水寺編

第2回 六波羅蜜寺編

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