日本の言語遺産が消える? 方言・消滅危機言語の現状と保存の取り組み

こんにちは、羽場です。

突然ですが、みなさんの生まれた地域や住んでいる地域に根差したことば、いわゆる「方言」にはどんなものがありますか?
また、「方言」にどんな印象を抱いているでしょうか。
日本や世界で「言語が消滅しつつある」という現状を耳にしたことがありますか?

今回は、普段と少し趣向を変えて地域の「方言・言語」に関する、あるトピックに焦点を当てて紹介したいと思います。

※この記事では、本来は言語と呼ばれるものであっても通称で方言と呼ばれていたものや方言・言語をどちらも含む場合、便宜上かぎかっこ付きで「方言」と表現することとします。

日本にも存在する「消滅の危機にある言語」

2009(平成21)年2月、国連教育科学文化機関(UNESCOユネスコ)は”Atlas of the World’s Languages in Danger”(第3版)を発表しました。タイトルを直訳すれば「世界の消滅危機言語地図」。この調査結果で、世界で話されている言語の中に、消滅の危機にある言語がどれほどあるのか明示されました。

現在、世界で話されている言語のうち、使用者が減少して消滅の危機にある言語は約2,500にも上るとされています。そして、その中には日本で使用されている言語も含まれていました。

日本の消滅危機言語
  • 極めて深刻:アイヌ語
  • 重大な危険:やま語・ぐに
  • 危険:あま語・おきなわ語・くにがみ語・はちじょう語・みや

このユネスコの調査結果に基づいたもの以外にも、日本では平成23年7月の「東日本大震災からの復興の基本方針」で指摘された東日本大震災の被災地の方言も消滅危機言語とされています。

言語が消滅していく主な要因5選

言語が消滅に向かう原因は複雑に絡み合っています。そのため、さまざまな要因が考えられますが、主なものとしては次の5つが挙げられるでしょう。

言語が消滅に向かう要因5選
  1. グローバリゼーションの影響
  2. 話者コミュニティの縮小・高齢化
  3. 世代間の継承中断
  4. 教育制度や政策
  5. 社会的な偏見

少し詳しく見ていきます。

グローバリゼーション・都市化の影響

グローバリゼーションの影響で、経済的に力を持つ国や地域の言語がビジネスなどの現場で支配的になりつつあります。その結果、少数言語の話者が社会・経済活動に参加するためには多数派言語を身につけなければなりません。現代では、英語などの「主要言語」が重要視される一方で、地域固有の言語が使われる場面が減少しています。

また、都市化の影響という観点も見逃せません。

明治以降の北海道では「和人(アイヌ以外の日本人)」による経済開発が進む中で日本語が主要言語となりました。その結果、アイヌの人々が社会・経済活動に参加するためには日本語の習得が不可欠となり、アイヌ語は日常生活での使用場面を急速に失っていくことになります。

現代に目を向けてみても、日本では進学や就職の際に大都市へ移住した結果、故郷の「方言」を日常的に使う機会がほとんどなくなるということも珍しくありません。

話者コミュニティの縮小・高齢化

都市部への人口流出や少子高齢化により、特定の言語を日常的に使うコミュニティそのものが小さくなり、活力を失っていきます。実際、「方言」話者の高齢化による消滅の危機について、沖縄に住む方からこんな話を聞かせてもらいました。

「子どもたちが方言を徐々に徐々に知らなくなってきている。おばあたちの半分も親父たちしゃべれんから、一大事だよ。俺たちおかあたちはおばあの方言聞けるわけよ。でもおばあたちみたいにしゃべれないわけよ。おばあたちいなくなっちゃったら聞き取りもできなくなってしまう。失われてしまったら終了。残さなきゃいけない」

「方言」話者から直接継承することができるうちに継承していくことが鍵になります。

世代間の継承中断

親が子供に自身の母語を教えず、より社会的に「有利」とされる主要言語のみで教育することで、言語の自然な継承が途絶えるケースもあります。

現代では、全国放送のテレビ番組やインターネットを通じて、どこにいても標準語(共通語)に触れることができる状況です。その結果、かつては地域ごとに豊かだった「方言」の語彙や表現が失われ、どの地域でも似たような言葉遣いが広がる傾向が見られます。

教育制度や政策

公教育でマイノリティ言語が十分に教えられなかったり、使用が制限されたりすることがあります。

日本でもかつて、標準語を普及させるために「方言札」が用いられたことがあります。この「方言札」は、学校で「方言」話した者に対して、札を首にかけさせるものです。この札を外すためには他の生徒が「方言」を話すのを発見し、その生徒に札を受け渡す必要がありました。

いわゆる同化政策による「方言」の制限というものが与えた影響は少なからず大きいものです。

社会的な偏見

特定の言語を話すことに対する差別や偏見が、話者自身の言語使用をためらわせる要因となることもあります。

たとえば、「方言を使う人=田舎者」「方言=かっこ悪い」という偏見が挙げられるでしょう。
実際、上で述べた「方言札」の影響で今でも「方言は恥ずかしいものである」という認識を持っている方もいるのだそうです。こんな話を聞きました。

沖縄出身の若者が、沖縄のことば(しまくとぅば)に興味を持ち、勉強を始めました。そこで、自分の祖母に「しまくとぅばを勉強し始めた」と伝えたところ、祖母から言われた次の一言が印象に残っていると言います。「そんな恥ずかしいものは勉強しなくて良い」

このように、言語の消滅にはさまざまな要因が複雑に絡み合っています。したがって、言語の消滅を食い止めるために取り組まなければならないことは非常に多く、残されている時間はそれほどありません。

言語の多様性を守る必要があるのはなぜか

「標準語があればコミュニケーションが取れる」「多くの人が使う便利な言語があれば、それで十分ではないか」と考える人もいるかもしれません。

しかし、言語の多様性が失われることは、私たちにとっても大きな影響を及ぼします。

ここでは言語の多様性を守る必要があると考えられる理由をいくつか紹介しましょう。

言語の消滅は文化の喪失につながる

それぞれの言語は、それぞれの地域の文化や社会の中で長い年月をかけて育まれてきたものです。
したがって、それぞれの言語にはその言語を生み育んできたコミュニティの歴史や文化、価値観、そして固有の知識・知恵が深く刻み込まれています。

言語が消滅することは、こうした貴重な無形文化遺産が永久に失われることを意味します。

言語の画一化は知の多様性の喪失につながる

私たちは言葉を通して世界を理解し、さまざまなことを考え、表現しています。つまり、言語は単なる意思疎通の手段ではなく、知識や思考、感情・感性の基盤としての役割を持つものです。

言語の多様性が失われれば、考え方や感情・感性の多様性が失われ、価値観・思考の画一化が起こる可能性があります。

言語の消滅がアイデンティティの危機をもたらす

母語は、個人のアイデンティティやコミュニティへの帰属意識を形成する上で非常に重要な役割を果たします。集団内で話されている言語を使用することでアイデンティティが形成されるのです。そしてそれは、良好な社会の維持に役立つとも言われます。

例:東日本大震災被災地
  • 被災地の方言を用いた激励メッセージによって親近感・仲間意識が芽生えた
  • 避難所で生活した人たちが出身地域の集会で方言を使うことによって元気を取り戻す

逆に言えば、母語を失うことがアイデンティティや仲間意識の弱体化、文化的なルーツの喪失につながる可能性があります。

この他にもさまざまな理由が考えられますし、それに対して抱く感情は人それぞれ異なるでしょう。あくまで私個人の意見を述べるなら、次の観点も欠かせません。

失われた言語の復興は困難を極める

上でも述べた通り、言語が消滅することによって、地域文化に触れる手がかりをなくしてしまうことになりかねません。

文化・伝統が途絶えることを「淘汰」と見る意見もありますが、単純に割り切って良いものか。現代に適応しつつも、豊富な選択肢を残しておくことには意味があると私は考えています。

失われて初めて、それが自分にとって重要だったと気づくという経験は非常に多いものです。失われてからではもう遅い、仮に細々とであっても残り続けることがいつか大きな意味を持つのではないでしょうか。

言語の消滅を食い止めるために私たちにできること

幸いなことに、消滅の危機にある言語を保存し、復興させようとする動きも世界各地で進められています。
日本でも文化庁や各都道府県、民間団体を中心に調査・記録、教育・啓蒙活動などのさまざまな取り組みが行われてきました。

たとえば、沖縄県では2023年、「しまくとぅば普及推進計画」第2期計画(第1期計画は2013年度に策定)を定め、「しまくとぅば」を保存・普及・継承していくための施策・事業を実施しています。

このように、行政主導で言語の保存が推進されている側面はあります。とはいえ、やはり言語を保存・継承していくためには私たち一人ひとりの意識が欠かせません。

消滅の危機にあるかどうかに関わらず、まずは身近な言語に目を向けてみること。さらに、もし自分の地域や関心のある地域に危機言語があれば、学習の機会を探してみるのも良いでしょう。案外、身近なところに学習機会があるものです。

私たちには、消えゆく声に耳を傾け、未来の世代に豊かな言語と文化の多様性を引き継いでいくために、今、行動することが求められています。

沖縄のことばを未来へつなぐ――「しまくとぅば塾 ちむぐくる」

このような「消滅危機言語」の問題に対して、Educational Loungeを運営する私たち一般社団法人文華樹では、新たな取り組みをスタートさせることにしました。それが、「しまくとぅば塾 ちむぐくる」と題した定期イベントです。

いわゆる「方言」をはじめとする地域のことばは、その地域で受け継がれてきた大切な文化の一つです。そんな文化が衰退している、「地域のことば」が消えつつある現状をなんとか変えていきたい。そうした思いから、私たちは沖縄のことばの一つである沖縄語を次世代に受け継いでいく活動をスタートすることにしました。

しまくとぅば塾 ちむぐくるの概要
  1. 毎月1回の沖縄語講座
    那覇市内の会場で対面のしまくとぅば講座を実施(オンライン同時配信)
    講師は沖縄県主催「しまくとぅば講師養成講座 上級」取得講師
    アーカイブ受講も可能
  2. Webメディアによる情報発信
    沖縄を「掘り下げる」情報をWebで発信
  3. 沖縄語講座意外のイベント開催(不定期)
    毎月1回の沖縄語講座に加え、沖縄の歴史や伝統文化に関連するオフラインイベントを開催

2025年6月から毎月1回、沖縄県那覇市を拠点に沖縄語講座(「しまくとぅば講座」)を開催します。
那覇市内の会場に加えて、オンライン同時配信も実施するので、全国どこにお住まいの方でもご参加いただけます。

初回(6月22日)は無料開催が決定しました。

先行予約受付中

「しまくとぅば塾 ちむぐくる」では現在、先行予約を受け付けています。
なお、会場には定員があります。定員に達した場合はオンライン受講でのご案内となりますのでご了承ください。

 

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沖縄の言葉を未来へつなぐ。「しまくとぅば塾 ちむぐくる」先行予約受付中!

日本には「消滅しつつある言語」とされる言語・方言がいくつも存在しています。その中の1つ、沖縄語(うちなーぐち)。Educational Loungeを運営する一般社団法人文華樹では2025年6月から、沖縄県那覇市を拠点に毎月1度の沖縄語講座(「しまくとぅば講座」)を開催します。

会場受講だけでなく全国どこにいても受講できるオンライン受講も可能です。現在先行予約受付中!この機会に、沖縄のことばに親しんでみませんか?

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