こんにちは、羽場です。
これまでの大学入試ではあまり注目されていなかった韻文(詩・短歌・俳句など)の読解。これからの大学入試を考えていくと無視するわけにはいかない分野になってきました。
とはいえ、「詩の読解は苦手」「韻文はどうすれば良いのかわからない」という人も多いのではないでしょうか。
今回は拙著『スマートステップ現代文』第2章の第10節の短文演習、山之口貘「生活の柄」・岡崎武志「沖縄から来た詩人」解説を通して、韻文との向き合い方を紹介していきたいと思います。
現代文学習の第一歩を踏み出そうとしている皆さんに宛てて、2023年3月にZ会から拙著『スマートステップ現代文』が刊行されました。
現代文の学習に悩んでいる受験生、これから現代文学習を始めようと思っている受験生はぜひ手に取ってみてください。
今回の記事は問題を解いた上で、本書の解説と合わせてご覧いただくとより効果的です。
目次
韻文に「触れる」ことから始めたい
詩や俳句、短歌といった「リズムを持つ文章」をまとめて「韻文」と呼びます。
韻文はこれまで大学受験においてあまり重視されてこなかったこともあり、苦手意識を抱いている人も少なくないでしょう。それでも、韻文の出題可能性が大学入試でも高まっている以上、目を背けるわけにはいかなくなりました。
細かい話は置いておいて、韻文に触れるところから始めることが重要でしょう。
問題演習だけでなく、現代詩集に触れてみる
「韻文に慣れる」という意味では、問題集を通して韻文に触れることが真っ先に思い浮かぶと思います。
時間のない受験生であれば仕方ないことかもしれません。
とはいえ、「受験に役立てる」という目的があってもなくても、書店で気になる作品を手に取ってみるのもおすすめです。
詩人の選ぶ言葉の一つひとつが、私たちの日常に新たな光を当ててくれることになるかもしれません。
ここでは、個人的におすすめしたい詩集を紹介します。
文月悠光『適切な世界の適切ならざる私』(筑摩書房)
著者の文月悠光は16歳で現代詩手帖賞を受賞、18歳のときに「中原中也賞」や「丸山豊記念現代詩賞」を最年少で受賞した詩人です。
この『適切な世界の適切ならざる私』はそんな著者の第一詩集。
多くの受験生にとって同世代(当時)の詩人が紡ぎ出す世界観に触れてみるのはいかがでしょうか。
最果タヒ『無人島には水と漫画とアイスクリーム』(リトルモア)
続いては、あえてエッセイをお勧めします。
次に紹介する作品をはじめ、数多くの作品を送り出している詩人、最果タヒの最新エッセイです。
本作は、著者がヤマシタトモコ『違国日記』や藤本タツキ『ルックバック』、野田サトル『ゴールデンカムイ』など、25作の漫画を題材に綴ったエッセイが収録されています。
実際の詩に触れるのはまだ気が進まないという人が、詩人の息遣いを感じ取るのに適した一冊です。
最果タヒ『天国と、とてつもない暇』(小学館)
先ほど紹介した最果タヒの、こちらは詩集。
「どう理解すれば良いのだろう」と感じる箇所ですら、難解なものを難解なものとして受け入れることができるような、「わからない」というのが嫌な感情としてではなく受け止められるような、そんな不思議な感覚に陥ります。
それでいて、自分の中にスッと入ってくる言葉に感性を研ぎ澄まされるような読後感を抱けるのではないかと思います。
あくまで、ここで紹介したのは多くの詩集のほんの一例です。現代詩に限らず、まずは自分が気になったものから一歩踏み出してみることをお勧めします。
大学受験での「詩の読解」に欠かせない、詩の知識を確認する
中学生までに触れたことがあるという人も多いと思いますが、改めて詩についての知識を確認しておきましょう。
大きく分けて次の2つのことを確認しておいてください。
- 詩の分類についての知識
- 表現技法についての知識
代表的なものについては、本書『スマートステップ現代文』のpp.158〜159で説明しています。
散文詩の例――萩原朔太郎「慈悲」
「散文詩」については、名前だけ聞いたことがあるけれど、実際にどんなものなのかわからないという人も多いのではないでしょうか。
詩人の萩原朔太郎(1886 - 1942)は、『宿命』の中で「西洋詩家の所謂『散文詩』といふ名称に、多少よく該当するもの」を収録したと述べています。その中の一つを紹介しましょう。
ああ固い氷を破つて突進する、一つの寂しい帆船よ。あの高い空にひるがへる、浪浪の固體した印象から、その隔離した地方の物侘しい冬の光線から、あはれに煤ぼけて見える小さな黒い獵鯨船よ。孤獨な環境の海に漂泊する船の羅針が、一つの鋭どい意志の尖角が、ああ如何に固い冬の氷を突き破つて驀進することよ。
「散文詩とは、自由詩よりもさらに普通の文章(=散文)に近い形式の詩である」とはよく言われます。でも、「具体的なイメージがわかなかった」という人は、この詩をはじめとした萩原朔太郎『宿命』の中の作品を見てみると、散文詩のイメージが掴めるかもしれません。
※青空文庫で見ることができます。
山之口貘「生活の柄」を読解する
さて、ここからは『スマートステップ現代文』第2章第10節の短文演習問題を見ていきましょう。
今回は複数テクストの形式になっています。とはいえ、A・Bそれぞれをきちんと読解することは欠かせません。今回はAから見ていきたいと思います。
なお、Aの山之口貘「生活の柄」については、2013年12月31日をもって著作権保護期間が終了しているので全文掲載します。Bの鑑賞文、岡崎武志「沖縄から来た詩人」については『スマートステップ現代文』をご参照ください。
生活の柄
歩き疲れては
夜空と陸との隙間にもぐり込んで寝たのである
草に埋もれて寝たのである
ところ構わず寝たのである
寝たのであるが
ねむれたのでもあったのか!
このごろはねむれない
陸を敷いてはねむれない
夜空の下ではねむれない
揺り起されてはねむれない
この生活の柄が夏むきなのか!
寝たかとおもふと冷気にからかはれて
秋は 浮浪人のままではねむれない
※掲載にあたって新字・現代仮名づかいに直しています。
繰り返される表現に注意する
それでは「生活の柄」の第1連を見ていきましょう。
歩き疲れては
夜空と陸との隙間にもぐり込んで寝たのである
草に埋もれて寝たのである
ところ構わず寝たのである
寝たのであるが
ねむれたのでもあったのか!
※太字・下線は羽場による
「寝たのである」の繰り返しには容易に気付けますね。詩の表現技法として「反復法」というものがあります。ここでは偶然同じ表現が続いたわけではなく、著者はこの表現を意図的に繰り返しているはずです。その意図は何なのか考えながら読み進めていくことは欠かせません。
そこで、繰り返される「寝たのである」とともに使われている表現にも注目してみましょう。すると、「夜空と陸との隙間にもぐり込んで」「草に埋もれて」「ところ構わず」寝たことが把握できます。
詩も「文章」として理解しようとする
これを、1行目「歩き疲れては」と合わせて理解してみましょう。
ここでは次のような関係になっていることが読み取れます。
1文として理解できるところを補いながら読んでみると、
「歩き疲れては 夜空と……もぐり込んで寝たのである」
「(歩き疲れては)草に埋もれて寝たのである」
「(歩き疲れては)ところ構わず寝たのである」
という主述関係を補いながら読むことができますね。「歩き疲れては『ところ構わず』寝た」ことから、放浪の中で眠りにつく様子が描かれていることを読み取ります。
ところが、最後の1行で私たちは「ねむれたのでもあったのか!」という不思議な表現に出逢います。一体どういうことなのだろう……と考えながら第2連に目を移しましょう。
第1連との関係性に注目しながら第2連を読解する
このごろはねむれない
陸を敷いてはねむれない
夜空の下ではねむれない
揺り起されてはねむれない
この生活の柄が夏むきなのか!
寝たかとおもふと冷気にからかはれて
秋は 浮浪人のままではねむれない
※太字・下線は羽場による
今度は「ねむれない」という表現が繰り返されていることに気づきます。しかも、第2連では1行目で「このごろはねむれない」となっていることに注目できるでしょう。
第1連では「歩き疲れては」様々な場所で眠りについていたことが表現されていました。
ところが「このごろは」眠れなくなってしまった。その後に続く部分も「陸を敷いては」「夜空の下では」と、第1連で「寝たのである」と言われている場所で眠りにつけなくなっていることが表現されています。
すると、先ほど不思議に思えていた第1連の最終行「ねむれたのであったのか!」の意味がつかめてくるのではないでしょうか。
「(眠れなくなってしまった今から考えると、あのときは)『ねむれた』ということだったのか!」という感慨を読み取ることができそうです。
詩のタイトルに注目する
5行目には「生活の柄」という詩のタイトルが登場します。タイトルから読み取れる情報がどれだけあるのかについてはケースバイケースですが、詩のタイトル(主題)となっている意味はあるはずです。
「この生活の柄」と表現されていることに注目すると、どうやら「この生活(=野宿を繰り返す生活)」が柄になっている、つまり身体に染みついていることが読み取れるでしょう。
※「柄」という語の字義的な意味は「模様」や「その人に本来そなわっている品や性格」を表します。
最終行でも「浮浪人のままではねむれない」と表現されていることからも、主人公が現在置かれている立場は「浮浪人(=あてもなくさまよう人)」であることが読み取れますね。
複数テクストのメリットを活かす
さて、ひとまずAの詩の概要を掴みました。とはいえ、やはりいまいち理解できなかったという人もいるかもしれません。そんなときに絶望しなくて済む可能性があるのが「複数テクスト」の形式だと言えるでしょう。
複数テクストの問題が出題される場合、無関係なテクストが並べられることは基本的にありません。何らかの関係性があると(出題者が)考えるからこそ複数並べる意味が生まれます。実際、今回の文章Bは「山之口貘の詩」について解説した文章です。
複数テクスト問題ではそれと似たようなことができる可能性があります。
Aの詩がいまいち理解しきれなかったという感想を抱いたのであれば、Bの文章を活用して、Aの詩の解釈を深めていくことを意識しましょう。
今回の文章Bでは、「貧苦、放浪、孤独……」と書かれている部分に注目をすることで、Aの詩で「放浪」が描かれていることに思い当たる可能性がありますね。
韻文の読解:まとめ
さて、ここまで『スマートステップ現代文』第2章第10節を用いて、韻文(特に詩)の読解について解説してきました。
まとめると、
- まずは「詩に触れる」ことで慣れていく
- 詩の分類・表現技法など、詩の知識を確認する
- 複数テクスト形式の出題は、もう一方を参考にしながら詩を読解することができる
「詩はわからないから捨てる」ということのないよう日頃から触れていくなら、入試に役立つだけでなく、新たな世界に触れるきっかけとなるかもしれません。
『スマートステップ 現代文』書籍情報
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第2章「読解スキル編」補講 | |
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