Educational Loungeで2年にわたり連載した小説「像に溺れる」作者でフリーライターの鹿間羊市さんが、日常の体験をもとに様々なことを考察していく月間コラム。
今回は子どもの誕生日プレゼントをめぐる日常の一幕から、「欲望」をテーマに思考が展開します。
東京都多摩市出身。凡庸なエリートとしての道を歩むなか、ニーチェとの出会いが躓きの石となり、高校留年・大学中退と道を踏み外す。ハイデガー、レヴィナスの思想に傾倒し、現在はフリーの執筆家として活動中。衝動や受動性をテーマに、規定しえない自我の葛藤を描く。自身のnoteでも創作活動を行っている。Educational Loungeにて連載小説「像に溺れる」公開中(2022年10月完結)
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3歳になる息子の誕生日プレゼントを買いに、ヤマダ電機まで出かけた。郊外の家電量販店がしばしばそうであるように、私の住むエリアのヤマダ電機もきわめて広く、およそ生活に関わる一切のアイテムを取りそろえているかのようである。なかでも圧巻なのがおもちゃであって、それぞれのジャンルにサンプルコーナーが設置され、据え置きゲーム機にミニ四駆のコース、その他楽器やらキッチンやら変身グッズやらの玩具を体験できるので、週末は店内の至るところで自分たちの関心事に勤しむ子どもらの姿を見ることができる。
息子がお気に入りなのはトミカの立体駐車場である。毎回着くたび一目散にそこへ駆け寄って、なにやらぐるぐるトミカを走らせている。とはいえもちろん、特別な日でもないかぎり、そのような高価なおもちゃを買い与えたりはしないので、彼のなかでそれは「買えないもの」として位置づけられているらしく、それを買ってほしいとねだったりはしない。
その日はあらかじめ、「今日はトミカの大きいやつを買ってもいいよ」と伝えて向かったが、息子は立体駐車場の入った箱ではなくて、トレーラーなどのロングタイプのトミカを物色し、「これ」と言って手渡してきた。ロングタイプトミカも普段は買い与えていないので、「大きいやつ」がそれを指しているものと解釈したのだろう。「誕生日だから、こっち買っていいんだよ」と大箱を指すが、なにやらキョトンとした顔をして、いつものようにサンプルで遊びはじめる。それが自身の手に入る可能性について、どうやら考えが及ばないらしい。
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興味深いのは、その後も彼が立体駐車場を欲することはなく、むしろ他の売り場をふらつき、ウルトラマンのフィギュアやら、時々買ってもらえることのある価格帯(サイズ感)のおもちゃを物色していたことだ。それはまるで「立体駐車場を手に入れる可能性」を否認し続けているかのような動きだった。
私がその大箱を抱えた後も、半信半疑のような様子であって、自宅で箱を開封してようやく興奮しはじめ、遊びはじめてからは何度も「ずっとこれ欲しかったんだ」と繰り返していた。
本当に欲しいものが目の前に提示されたとき、なぜだか目を背けてしまうことは私にも経験がある。結婚以来遠ざかっていたスポーツカーへの乗り換えを妻に許可されたにもかかわらず、いざ試乗に行き「なんか違う」といって千載一遇のチャンスを逃したのである。自分としてはフラットな視点で今の車と比較したつもりだったけれども、今思うとあのときの私は端から購入の可能性を考えないようにしていたのかもしれない。妻はそのために免許の限定解除までしていたのに、肝心の私の方は、家庭持ちが大きな車からスポーツカーに乗り換えることなど「あってはならないこと」と決めこんでしまっていたのだ。