語りの構造②――夏目漱石「こころ」


夏目漱石もまた「重層する視点」(三好行雄『作品論の試み』)に富んだ「語り」の作家である。

「語り」とは、「虚構散文中に内在して読者に呼びかける装置の総称」である。漱石による「語り」の理論は、『文学論』第四編第八章「間隔論」にある。「語り」とは「篇中の人物の読者に対する位置の遠近を論じる」ための「間隔の幻惑」という「形式論」が中心である。だから、著者は読者と著者と篇中人物という「三織素」及び、それらの間の「二重の間隔」と配置において、中間に位置づけられる。その結果著者は、単なる表出者ではなくて、あくまで記事を読者に媒介する「語り」の機構の中に組み込まれ、「著者の存在」は稀薄化されていく。

記述者の役割を果たす「私」

『こころ』の場合は、「私」という人物が登場し、『記述者』の役を果たす。この「私」の設定が独特で、前段の「語り」の定義を発展させている点がとても興味深い。それは、文字通り本作品の全編を「記述」する「現在の私」と青年期「先生」とともに過ごしていた「私」との差異である。

経験のない当時の私は、此の予言の中に含まれてゐる明白な意義さへ了解し得なかつた。

(「先生と私」八)

然し私の心には何の同情も起らなかつた。子供を持つた事のない其時の私は、子供をただ蒼蠅いものの様に考へてゐた。

(「先生と私」八)

このように漱石が意図的に「私」の時間を区別している。さらに当然全編の記述は現在の「私」の意図によるものである。

「私はその晩の事を記憶の内から抽き抜いて此処へ詳しく書いた。是は書くだけの必要があるから書いたのだが、実をいふと、奥さんに菓子を貰って帰るときの気分では、それ程当夜の会話を重く見ていなかった

(「先生と私」二十)

という説明がそれを証明している。この「若さ」と相対化されて浮かび上がる現在の「私」を、「先生の説いた『淋しさ』の意味がわかるということなのだ」(越智治雄『漱石私論』) 。ここに冒頭に引用した「重層する視点」(三好行雄『作品論の試み』)の意義が関わってくる。言い換えれば、「私」の設定の不確定性によって、「篇中の人物の読者に対する位置の遠近を論じる」ための「間隔の幻惑」という「形式論」が成立している。それを越智は

現在の『私』は記憶を蘇らせ分析する姿勢において「研究的」(「先生と私」七)であって、その結果初めて先生の悲劇の意味が明瞭になってくるのだから。そうだとしたら、便宜的に劇の語を仮用して言えば、『私』の若さがあって先生と彼との劇が成立する一方、『私』の認識の劇に転ずるためには、『私』から若さが抜けなければならないという背理があったことになる。

と述べている。だとすると、篇中に二重の時空間が発生し続けねばならず、さらに、「現在の私」を軸にするとこの「こころ」という作品は、あらゆる場面や設定、登場人物が、「現在の私」によって反転させられかねないのである。

この不確定性こそが、本編全体の構成を通して示された「人の心の不確定性」と考える。

 

「淋しさ」という人の心の不確定性

この「人の心の不確定性」とは「淋しさ」である。

私は淋しい人間です。

(「先生と私」七)

私は淋しい人間ですが、ことによると貴方も淋しい人間ぢやないですか

(「先生と私」七)

この淋しさの契機は、「裏切り」にある。

「先生」は若いころ、信頼する叔父に裏切られ財産を奪われた暗い経験がある。その叔父をいつまでも許せなかった「先生」自身が、親友Kを裏切り死に至らしめてしまう。この自己への信頼を失ったために、世間との交渉を絶ち、ただ親友の墓参を繰り返すだけの生活になった。

死んだつもりで生きて行こうと決心した私の心は、……私がどの方面かへ切つてでやうと思ひ立つやいなや、恐ろしい力がどこからか出て来て…少しも動けないやうにするのです。…不可思議な力は冷ややかな声で笑います。自分でよく知つているくせにといいます。私はまたぐたりとなります。

(「先生と遺書」五十五)

私は今日に至るまですでに二、三度運命の導いて行く最も楽な方向へ進もうとしたことがあります。

(「先生と遺書」五十五)

このような精神生活を先生はしてきたのだ。そして最後に

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