つねが良造と作り上げてきたと思った幸福な「家」は、異質者の侵入によって早くもほころび始めるのである。そこできみは、良造との思い出も家を娘夫婦に奪われたとはいえ、長男清太と嫁候補の「芳枝」と三人での新しい「家」に夢中になり、その寂しさを癒そうとした。
しかし、息子から同居はしばらくできないと告げられて、「なにかぐしゃと踏み潰されて、腹もたてえないほど空虚に萎えて」、「つねのあらゆる感情は、いますべて涙になっていた」のである。そしてとうとう、「お前だって、清太、出ていきたければいつだって行っておしまい、私はひとりで、ひとりで……」と言ってしまう。この反応は子どもたちにも理解ができなくなっていた。きみは「おっ母さんの寝場所はもうな」くしてしまう新作に意見できず、むしろ弟に「遁げだした」と言い出す始末である。一方清太も「おっ母さんの気持ちを察すれば可哀想だけれど、あの通りまだ元気だし、俺たちがそばにいて面倒を見なければならないわけでもないから、当分別居で自分たちの暮らしをたてよう」という芳枝の意見に賛成している。現代社会にも通じる新世代の言い分である。
核家族化が進み、三世代が同居する大家族でにぎやかに過ごすという旧世代の幻想が、個人主義的家族観の新世代に駆逐されてしまっている。この世代間の齟齬が、最終的にきみを追い込み、死に至らしめたのである。

最終場面で

清太とも、きみとも、ふた児の孫とも別れてたった独り歩いている気がした。淋しくも、悲しくもなかった。そのままただ歩いてさえ行けば、良造が先に待っているところへ行けそうであった。どこだか分らない。でもそこには良造だけでなく、牛込の御隠居さんも、斎藤の小父さんもみんないるに違いない気がした。ああ、フリュートの美しい音がきこえて来る。

とある。
きみが最後に、あの世で待つ旧世代の「家族」に会いに逝くのは当然の結末なのであった。

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