「レビュー」カテゴリーアーカイブ

重松清『ナイフ』


ナイフ (新潮文庫) [ 重松清 ]


重松清の名前は、中学受験、高校受験を通過した人なら誰でも名前を聞いたことがあるだろう。温かい親子関係、かつて子どもだった大人たちのノスタルジーを喚起する作品を多く発表している現代の人気作家の一人だ。

こういった重松作品の中で異色を放つのが
この『ナイフ』という作品。

全部で5編の作品で構成される短編集なのだが、いずれも「いじめ」をテーマとしている。しかもそこで描かれているのは冷たい「現実」。
「いじめ」をテーマとする作品は他にもたくさんあるが、その多くがいじめる側の軽い気持ちや受ける側の心の傷、あるいはいじめっ子のリーダー格の醜悪な思いを描くものである。つまり「気持ち」に焦点が当たっている。しかしこの作品ではいじめを「乾いた現実」として表現している。そこにはもちろんリアルがあるわけだが、この「乾いた現実」が浮かび上がらせるもの、それが「諦観」である。

表題作「ナイフ」では、息子のいじめを知った父親が、息子を守るために小さな折り畳みナイフを手にする。そこには弱い父親がふとしたきっかけで息子を守ろうとする強さが描かれている。ここでは息子を思う父親の気持ちの変化が描かれているのだが、むしろ魅力的なのはそれ以前の父親の弱さの描写。重松の得意とする「人間臭さ」というモティーフが、他の重松作品にはない「諦観」をもつ存在として描かれる。

冒頭を飾る「ワニとハブとひょうたん池で」。私はこの作品で重松清という作家にはじめて惹かれた。陰湿ないじめを受けている女子の家の近くにある池。ここはワニが住んでいるという噂の池。その縁に座り込み、彼女は自分が受けているいじめを客観的に受け止め、池に向かって話し続ける。

もちろん実際のいじめではそんなふうに客観的に話すことはできないだろうけれども、そこになぜだか乾いたリアルが浮かび上がってくる。それはいじめの描写が凄惨で真に迫ったものである分、なおさらリアルなものとして読者に訴えかける。「人間って、そういう生き物でしょ?」と。

おそらく重松清の作品のもつ温かさは、この短編集で描かれるようなリアルで乾いた人間観に基づいているのだろう。重松の描く「人間臭さ」は、けっしてハートウォーミングな存在としての人間の在り様ではない。人間はそもそも他者と分かり合うことなどできない。しかしそれを乗り越えていこうとする意志。これが重松の描く「人間臭さ」なのだろう。

しかし『ナイフ』では「乗り越えられない現実」として他者が存在すること、そしてそれは残酷なほど埋めようのない亀裂として存在しうることが描かれる。おそらくこの「諦観」こそが、重松清という作家に通底する人間観なのではないだろうか。

仕事柄重松作品には多々出会い、興味をもって読んだりもする。しかしこの『ナイフ』ほど残酷なものはないだろう。読むのがつらく、何度も本を置きかけた。それでもここであえて紹介するのは、人間が分かり合うことの前提に他者との決定的な差異があるのだ、という厳然たる事実を受け入れること――これが「諦観」である――を、生々しく感じてほしいからだ。

……とこんな言い方をすると手に取ってもらえないかもしれないので最後につけ加えておくと「ビター・スィート・ホーム」はよい話なので安心してください。「エビスくん」もラストがとても素晴らしい作品です。



ナイフ (新潮文庫) [ 重松清 ]

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根岸大輔——Daisuke NEGISHI[小論文]

現代文・小論文・AO推薦入試対策講師。

基本的な読解スキル・解答スキル・論述スキルをいかにして活用するかを授業の主軸に据えている。同時に大学入試頻出の知識・テーマをわかりやすく説明。その方法論と知識は多くの生徒の信頼を得ている。

梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』


梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』


1905年11月15日に生を受け,
1945年広島市内で被爆し,
1951年3月13日に自らその生涯に幕を下ろした詩人,
原民喜(享年45歳)。

被爆体験に基づく様々な作品をこの世に遺し,
その最期は入念に計画をした上で鉄道自殺を遂げました。

その作品は小説「夏の花」があまりに有名ですが,
他にも多くの作品が遺され,それらの一つ一つは今でも我々の心を捕らえて離さないものです。

たとえば,「永遠のみどり」。


「永遠のみどり」

ヒロシマのデルタに
若葉うづまけ

死と焔の記憶に
よき祈よ こもれ

とはのみどりを
とはのみどりを

ヒロシマのデルタに
青葉したたれ

なお,こちらの作品は岩波文庫『原民喜全詩集』にも掲載されております。
ぜひ。

さて,梯久美子氏が丁寧な取材に基づき,
原民喜の生涯を追いかけていく本書。

タイトルの通り「死」「愛」「孤独」の3つを軸に,
極度の繊細さと類稀なる感受性の持ち主としての原民喜が明らかにされていく中で,彼の作品がなぜこんなにも人々を惹きつけるのか,朧げながら見えてくるはず。

身近にある死

広島師範学校附属小学校時代に喪った弟の六郎,原自身が「世界は真暗になって、引き裂かれてしまつた」と語る父の死,高等科一年生のときに亡くした次姉のツル,愛する妻の死,その翌年の被爆経験とそこで目にした数々の死…。

彼の生涯には常に死が身近にあったと言っても過言ではないだろう。そして,幼少期から他人とのコミュニケーションを苦手としていたことや,その豊かな感受性と繊細さを考えると,我々が想像を絶するほどの「生きづらさ」を原は抱えていたのではないか,そう思わずにはいられない。

原民喜の作品,原民喜という人間に対しては
賛否両論あると聞くし,私自身,

「彼はあまりにも弱すぎる人間だ」

そんな評を知人から聞かされたことがある。
果たしてそうなのだろうか。

「原は自死したが、書くべきものを書き終えるまで、苦しさに耐えて生き続けた。繰り返しよみがえる惨禍の記憶に打ちのめされそうになりながらも、虚無と絶望にあらがって、後の世を生きる人々に希望を託そうとした。」(pp.254-255)

と著者の梯久美子氏が語るように,
原の作品は彼が抱いていた静かなる怒りを伝えるのみならず,
我々に何かしらの希望を抱かせるものである。

本書の中で明らかにされていく原民喜という人間。
そんな彼がこの世に遺した作品を,
じっくりと味わう入り口として一読を勧めたい良書。

原民喜に対してある種の嫌悪感すら覚えている人でも,
本書の読了後,もう一度原民喜と向き合ってみてもらいたいと願います。

結びに代えて—「鎮魂歌」

最後に原民喜の作品の中から,
「鎮魂歌」の最後を引用して結びに代えたいと思います。

 友よ、友よ、君たちはいる、にこやかに新しい書物を抱かかえながら、涼しい風の電車の吊革つりかわにぶらさがりながら、たのしそうに、そんなに爽やかな姿で。
 隣人よ、隣人よ、君たちはいる、ゆきずりに僕を一瞬感動させた不動の姿でそんなに悲しく。
 そして、妻よ、お前はいる、殆ど僕の見わたすところに、最も近く最も遙かなところまで、最も切なる祈りのように。
死者よ、死者よ、僕を生の深みに沈めてくれるのは……ああ、この生の深みより仰ぎ見るおんみたちの静けさ。
 僕は堪えよ、静けさに堪えよ。幻に堪えよ。生の深みに堪えよ。堪えて堪えて堪えてゆくことに堪えよ。一つの嘆きに堪えよ。無数の嘆きに堪えよ。嘆きよ、嘆きよ、僕をつらぬけ。還るところを失った僕をつらぬけ。突き離された世界の僕をつらぬけ。
 明日、太陽は再びのぼり花々は地に咲きあふれ、明日、小鳥たちは晴れやかに囀(さえ)ずるだろう。地よ、地よ、つねに美しく感動に満ちあふれよ。明日、僕は感動をもってそこを通りすぎるだろう。

 



梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』
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羽場雅希——Masaki HABA

首都圏の予備校・高校に出講。

誰よりも自身が文章と戯れることを楽しみつつ、受講生の誰もが理解でき、かつ汎用性の高い考え方を提供する授業に定評がある。

イラストとネットワーキングで覚える現代文単語 げんたん


伊原勇一/土井諭/柴田隆行『イラストとネットワーキングで覚える 現代文単語 げんたん』


以前私もこんな記事を書きましたが,
現代文の学習を進めていく上で,
語彙力の増強を欠かすことはできません。

もちろん,文章中で出会った言葉たちを大切にし,
自分のものにしていく作業は重要ですが,
所謂頻出単語の「網羅性」というものに注目すると,
参考書を通して習得していくメリットはとても大きい。

そして,語彙力強化用の参考書は多く出版されており,どれも非常に良いものですし,是非語彙の習得の第一歩として活用してほしいと思っています。

今回(から?)はそんな中でも私がオススメしたいものを何点かに絞って紹介していきたいと思っております。
その第一弾。

「げんたん」5つの特徴

いいずな書店から出版されている『イラストとネットワーキングで覚える 現代文単語 げんたん』(以下『げんたん』)の特徴は,

①単語同士のネットワーキング(関連付け)がなされている
②関連語彙も豊富なので,関連づけて記憶できる
③イラストが印象に残る
④テーマ・小説語彙もカバー
⑤必見のコラム

などが挙げられるでしょう。

ネットワーキングと関連付け

現代文単語に限ったことではありませんが,語彙習得の際にそれぞれの語をバラバラに捉えていくよりも,同じようなジャンルの語彙はまとめて押さえておくと記憶に残しやすく,思い出しやすいという利点があるでしょう。

わかりやすいところでいうと,対義語と類義語,派生語はまとめて覚えるといったように。そしてそれがどのようなテーマで用いられやすい語彙なのかという点までおさえていられれば,その文の方向性も見えてきやすくなるというものです。

その点において『げんたん』では,それぞれの語彙についても関連語などのまとまりを意識した構成がなされており,さらには「ネットワーキング」というページを通し,より大きなくくりでのまとまりを捉えやすいつくりになっています。

つながりを意識した語彙習得にうってつけの教材でしょう。

テーマ・小説語彙・必見のコラム

こうした参考書が「現代文単語」習得教材である以上,
単語に焦点が当てられるのは当然のことでしょうが,
『げんたん』では,評論文頻出テーマ解説に加え,
小説語彙も豊富に掲載されています。

現代文の問題が背景知識だけで解けるわけではないものの,
前提知識があるに越したことはないのは当然のことです。
同時に,その文章で用いられている語が全く理解できない状態で,その文章をきちんと読み,解答していくことは至難の技。

『げんたん』の頻出テーマごとに理解しておきたい語彙を扱う章を通して,そうした前提知識の不足による読解不能状態から一歩抜け出すことが可能になるでしょう。一歩ずつ。

そして何よりも推奨したいのがコラム。
各章末に掲載されているコラムはいわば読書案内。
テーマ・トピック別に読んでおきたい書籍を紹介しています。

この時期(11月末)の受験生にはそんな余裕がないという人も多いかもしれませんが,受験を終えてから大学入学までの間に少しずつ読み進めることが,大学での学びに備えていくことにつながるでしょうし,受験までまだゆとりがある時期の高校生たちは,紹介されているものを手に取り,少しずつ読みながら自分の知識を深め,広げていくのは大変有意義なことだろうと思います。


というわけで,語彙力つけていきましょうね。


伊原勇一/土井諭/柴田隆行『イラストとネットワーキングで覚える 現代文単語 げんたん』

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羽場雅希——Masaki HABA

首都圏の予備校・高校に出講。

誰よりも自身が文章と戯れることを楽しみつつ、受講生の誰もが理解でき、かつ汎用性の高い考え方を提供する授業に定評がある。

『高校世界史をひとつひとつわかりやすく。』(学研プラス)7つの特長


高校世界史をひとつひとつわかりやすく。(古代〜近代へ) [ 鈴木悠介 ]

高校世界史をひとつひとつわかりやすく。(近現代) [ 鈴木悠介 ]


2015年5月に発売した僕のデビュー作
『高校世界史をひとつひとつわかりやすく。』
(学研プラス)は,

①定期試験対策をしたい高校1~2年生
②大学受験に向けて世界史の基礎を固めたい高校3年生・高卒生
③世界史を学び直したい社会人

の方々を主なターゲットとして執筆いたしました。
おかげ様で現在4刷まで版を重ねている本書ですが,数多ある世界史参考書と比べた時に,どういった点が明確な特長といえるのかを、改めてまとめておきたいと思います。

本書の特長は以下の通りです。

①「一目で流れがわかる」歴史事項まとめ

「1単元見開き1ページ」という限られた誌面において、世界史の内容を「わかりやすく」することは至難といえます。
文章の量を単純に増やすことで読者の理解を促す〈力技的な手法〉が封じられるからです。

そこで本書では,各単元の流れが一瞬でわかるように「流れ」を「見せる」ことにこだわりました。
さらに掲載用語に関しても,可能な限り「用語集」掲載用語を網羅できるよう配慮しました。「初学者向けだからこの程度でいいか」という妥協は一切しておりません。

以上により,「わかりやすさ」と「内容の密度」が両立できたと自負しております。

②世界地理の基礎や,馴染みのない世界史特有の用語をマスターできる冒頭のコーナー

高校生を相手に授業をしていて痛感するのは,地理的な知識の欠如です。
これは殆どの世界史の先生にも同意していただけるかと思います。

本書ではそういった高校生の実情に合わせ,最初の数ページを,さながら中学生の地理の参考書のようなワークにあてています。
このコーナーでまず「西アジア」「中南米」のような言葉や,世界史で繰り返し登場する河川・山脈などを押さえることができます。

また「帝国」や「立憲君主政」など,特定の時代・地域を問わず登場するにも関わらず,高校生には馴染みの薄い用語をピックアップし,イラスト入りの解説を加えたページも用意しました。
初学者の方は,ぜひこのコーナーを使い倒していただけますと幸いです。

③利便性が高く充実した別冊付録

歴史地図を見ることは世界史理解に欠かせません。
しかしながら本編に地図を挿入すると,誌面の都合で掲載用語を削らなければならなくなるなどの弊害が生じます。
特に「見開き1ページ1単元」を遵守する本書では深刻問題です。

そこで,思い切って別冊付録に地図を展開することにしました。
手描きタッチの非常になじみやすい歴史地図です。
ところで,図説・資料集などの地図は情報が多すぎて何を優先的に覚えればいいのかが分かりません。そこで本書の地図では,掲載情報を最低限に絞り込みました。
結果として、とても見やすく,覚えるべき地名などが明確になったと自負しております。

さらに別冊付録には「練習問題」と「センター試験にチャレンジ」の解答解説も掲載されています。
こちらも「見やすいこと」を最優先に,解答のみならず問題解説までもが本編の縮刷版に赤字で書き込まれている形式を採用しました。

そのため、別冊付録は,赤シート等を活用いただくことにより,そのまま一問一答集のような使い方をすることも可能となっております。
ぜひ別冊付録だけ持ち歩くなどして隙間時間の学習にお役立てください。

④多すぎず,少なすぎない「書き込み式」練習問題

執筆過程では右ページにも解説事項を進出させ,練習問題は今の半分くらいにする案もあったのですが,それだと問題演習が単なる「オマケ」になってしまうと考え,右ページは全て問題演習といたしました。

これにより,かなり充実した問題演習が「書き込み式」という、モチベーションが比較的維持しやすく,「取り組みやすい」形式によって行うことが可能となりました。
従来の世界史学参では,この「書き込み式」により演習を積むことのできるものが少なく,まさに「あったらいいのに」を具現化したものといえます。

⑤簡潔に各単元を要約した解説文

「結局、その単元はどんな単元なの?」に答えるつもりで,「短く!」まとめました。
短いですから,眠くなる心配はありません。
とりわけ初学者の方におかれましては,何度も声に出して読んでみるなどして,まずはこの解説文と「お友達」になっていただくと良いかと思います。

全ての解説文と「お友達」になった時,世界史に対する苦手意識は消え失せていることをお約束いたします。
長い文章の参考書や教科書はその後からでも遅くはありません。

⑥本書に準拠した映像授業「学びエイド」

2015年の発売よりお陰様で4刷まで版を重ねることが出来た本書ですが,その売り上げに大きく貢献したと考えられるのが,動画配信サイト「学びエイド」の存在です。

発売直後から,本書の歴史まとめページを著者自身が解説する講座の制作を開始し,2017年3月に完全コンプリートしました。

よって今年度以降の本書購入者の皆様には,「もれなく全ページの解説講義がもれなく付いてくる」ということになります。

拙著と学びエイドの効果的な活用方法につきましては,こちらの動画で著者自身が説明しておりますので是非ご覧ください。

⑦本書の章立てに準拠した問題演習講座

2018年3月より,学びエイドの鈴木悠介講座に新シリーズが登場しました。
タイトルは「徹底演習!ENGRAM世界史」です。

2017年7月に発売した拙著『世界史単語の10秒暗記 ENGRAM2250』(学研プラス,  市川賢司先生との共著)の紙面も活用しながら,世界史の入試問題を解説していきます。

そしてこちらの講座も『高校世界史をひとつひとつわかりやすく。』に章立てを合わせてあります。
これにより、本書をお買い上げいただいた皆様には,もれなく「通史講義」と「演習解説」の講座が付いてくるということになります。
※学びエイドは1日3コマまで視聴無料

特長の紹介は以上です。

本書の執筆は,常に「高校時代の自分が世界史学参に求めていたもの」,そして現在の「世界史学参マニアとしての見識」の双方に意を払いながら,これまでにない,痒いところに手が届く「最強の」世界史学参を世に送り出そうという意気込みのもと進められました。

書店で見かけた折には,手に取っていただけますと幸いです。

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鈴木悠介——Yusuke SUZUKI[世界史]

予備校講師・参考書作家・予備校マニア・学参収集家。

著書『高校世界史をひとつひとつわかりやすく。』シリーズ(学研プラス)『世界史単語の10秒暗記 ENGRAM2250』(学研プラス)他。

鈴木悠介公式ホームページはこちら

宮下洋一『安楽死を遂げるまで』

安楽死を遂げるまで [ 宮下 洋一 ]


人は自らの人生の最後を自分で決める権利を持つのか。
誰にも訪れる「死」に対し、どのような対処をするのが理想なのか。
終末医療のあり方に目を向ける中で、避けては通れないのが「安楽死」というテーマである。

一言で「安楽死」と言ってもその種類は

①医師が薬物を投与して行われる「積極的安楽死」
②医師が与えた致死薬を用い、患者自らの手で行う「自殺幇助」
③延命措置を控えたり中止したりする「消極的安楽死」
④緩和ケア用の薬物が結果的に死をもたらす「セデーション」

のように分類されるという(本書p16.凡例による)。

世界を見渡してみれば、スイスやオランダを始めとするいくつかの国や地域で——その方法に制限があるとはいえ——「安楽死」を認める地域が存在する一方、日本においては、患者に筋弛緩剤を投与してしに至らしめるという所謂「安楽死」を行った医師が有罪判決を受けるなど、
安楽死は違法性を伴うものであり、また、安楽死に対する世間の見方も冷たいように思う。

本書では、スイス、オランダ、ベルギー、アメリカ・オレゴン州、スペイン等での所謂「安楽死」をめぐる取材を通して著者が目にしたものを、著者自身の葛藤とともに丁寧に描き出す。

エピローグの中で著者が

「本書では様々な安楽死事例を紹介し、私がどう感じたかも綴っている。しかし、その考えを読者に押しつける気持ちはない。」

と述べるその言葉通り、著者が目にした事例が事細かに紹介されているものの、読者に対して安楽死の賛否について、著者の抱いた考えを押し付けるかのような記述はなく、それでいて自然と「死」や「安楽死」について(是非に止まらず)思考を巡らせている自分に気づく。

我々にとって死は身近なものでありながら、そのあり方について考える機会は案外少ないのかもしれない。

安楽死とはどのような行為なのか、安楽死は認められるべきものなのか、幸福な人生の幕切れとは一体何か、そもそも死のあり方を我々は選択することができるのか——

その答えは人によって異なるだろうし、そもそも結論など出ないのかもしれない。
とはいえ、一度立ち止まってこれらの問いに深く思いを巡らせることは今の我々に必要なことなのではなかろうか。その入り口として必読の良書。

池上の短文からはじめる現代文読解


池上の短文からはじめる現代文読解 (大学受験プライムゼミブックス) [ 池上和裕 ]


池上先生といえば、センター試験現代文対策本の『センター試験 国語[現代文]の点数が面白いほどとれる本』(通称:黄色本)の著者としても有名ですが,そんな池上先生が今年(2018年)出版された評論文読解の参考書がこちら。

ちなみに,池上先生がご自身のTwitter上で「タイトルがそこそこ長い」と略称を募集したところ『タイガー現代文』ということに。
以後この記事内では『タイガー現代文』と表記するかもしれません(しないかもしれません)。

さて,この『タイガー現代文』ですが,一言で表現すると「私が心からお勧めする評論文読解参考書」であるということです。
個人的に想定される対象は

・現代文を本格的に学習し始めようと思う高1・2生
・現代文を学習しているものの、なかなか安定しない人
・本文の読み方に不安を抱えている人
・現代文は割と得意だが,もう一度基礎を確認したい人

あたりかと思っています。
要は,幅広い対象に響く一冊ではないかと思います。

本書の特徴は

①評論文読解のルールが懇切丁寧に説明されている
②それらのルールを習得するための練習問題が「HOP」「STEP」「JUMP」の3段階になっている
③「指示語のルール」「限定条件のルール」
④一度扱ったルールが再登場する際に参照する章が書かれている

この辺りが「さすが…」と唸った部分です(上から目線のようで恐縮ですが)。

ネタバレにならない程度に少し詳細を書き連ねていきます。

①評論文読解のルールが懇切丁寧に説明されている

これについては説明不要かもしれません笑
前作の黄色本でもそうでしたが,豊富な例,穏やかでスッと入ってくる丁寧な語り口,説明のわかりやすさ…場合によっては難しく思ってしまうような内容も噛み砕かれており,非常にわかりやすくなっております。

②練習問題が「HOP」「STEP」「JUMP」の3段階

ここがみなさんにとって最大のポイントかもしれません。
現代文の問題集や参考書(場合によっては授業も)で学習していくときのネックの一つが「読み方を学んですぐに長文をやるといろいろな情報が出てきすぎて混乱してしまう」という点だったり,「そもそも『長文を読む』ことに対する抵抗感が拭えない」という点だったりすると以前から感じておりました。

本書では,難易度や分量から「HOP」「STEP」「JUMP」の3段階で練習問題が掲載されており,まずは短文の「HOP」で読解のルールを意識した練習、そのイメージを持ったまま「中文」とでもいうべき長さの「STEP」に取り組むことで,学んだルールを文章の中で生かす練習ができ,最後に「JUMP」で本格的な長文を通してしっかりと身につける。

そんな使い方が可能になった意義というのは非常に大きいと思うんですね。
しかもこの構成の甲斐もあってか、このサイズの参考書の弱点でもある「演習量が少ない」という問題も解決できるというスグレモノ。良質な問題を適度な量の演習することで、身につけておきたい読解ルールを自分のものに。

③「指示語のルール」「限定条件のルール」

これはもう実際に本書を手にとってもらえればと思うのですが,非常に重要なことでありながら多くの受験生が見逃してしまいがちなポイントについてもカバーしています。

指示語の把握なんて普段の日常会話などでは意識せずにできているわけじゃないですか。
にも関わらず評論文の中ではなかなかできなくなってしまう。

そんなときに重要なのが「無意識の意識化」なのですが,この章では「無意識の意識化」というか「無意識の言語化」を見事に行なってくれています。
間違いなく多くの受験生を救ってくれる章だと思います。

④再登場したルールも参照しやすい

評論文に限らず,現代文読解で欠かせないのが
「汎用性」と「反復」。
多くの場合,入試では初見の文章を読むことになる現代文では,学んだルールを初見の文章で生かすことができるかどうかが勝負になります。その点,一度身につけたルールをしっかりと意識し続けられているかどうかを確認しながら先に進めるというのは非常に重要なポイントではないかと。


というわけで,現代文に不安を抱えるみなさん。
是非取り組んでみることをお勧めします。


池上の短文からはじめる現代文読解 (大学受験プライムゼミブックス) [ 池上和裕 ]

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羽場雅希——Masaki HABA

首都圏の予備校・高校・映像授業オンライン予備校に出講。

誰よりも自身が文章と戯れることを楽しみつつ、受講生の誰もが理解でき、かつ汎用性の高い考え方を提供する授業に定評がある。

『世界史単語の10秒暗記 ENGRAM2250』(学研プラス)

『世界史単語の10秒暗記 ENGRAM2250』


昨年の夏、新しい参考書を出版しました。

タイトルは『世界史単語の10秒暗記 ENGRAM2250』(学研プラス)です。

おかげ様で重版出来となった本作ですが、一般的な一問一答集とは作りが異なるため、そのコンセプトについては周知し続ける必要を感じています。

コンセプトの内容は本書の「まえがき」に総括されているのですが、ぜひ多くの方にご覧いただきたく、ここにに全文を掲載することにしました。

以下、まえがきの転載です。

「まえがき」

世界史の学習では、「一問一答集をやるだけでは不十分だ」とよく言われます。

それは、多くの一問一答集が単純に「用語そのもの」を覚えるよう設計されているからです。

そのような単線的な学習は、たしかに初学者が取り組むには手軽で良い面もあるのですが、ある程度以上の得点力向上は望めません。

本書を手に取った皆さんにも、次のような経験があるのではないでしょうか?

⑴ 過去問や模試の答え合わせをしてみたら、知っているはずの用語にもかかわらず、なぜか正解できなかった。
⑵ 一問一答集で覚えたはずの用語にもかかわらず、正誤判定問題になると、なぜか間違えてしまった。

こうした状況に陥る原因はじつにシンプルです。それは、用語の「多面的な問われ方」を理解していないからです。

大学入試では、一つの用語に対してどれだけの情報を記憶しているかが求められます。ただ用語を知っているというだけでは、得点に結びつきにくいのです。

この⑴⑵の悩みに対して、従来の学習法では「実戦的な問題集や過去問に取りくむこと」「用語集を読みこむこと」などが、主たる処方箋でした。

しかし、一問一答集のような用語網羅性のある体裁で、かつ実戦的な問題演習を兼ねた学習効果をあげられる「用語問題集の決定版」は作れないものか?

この問いに対する答えをひっさげて、『世界史単語の10秒暗記 ENGRAM2250』は誕生しました。

本書は、世界史参考書の歴史ではじめて、「用語集」と「一問一答集」の機能を一冊に集約することに成功しました。

「用語がどう問われるかのまとめ」と「用語を定着させるための問題演習(一問一答)」を、ちょうど英単語帳のようなレイアウトで、見やすい見開きページに整理しています。

本書は、用語集による学習の「多面的な内容理解」をふまえたうえで、出題キーワードを精選することで単純明快かつ効率的なインプットを可能にしています。

また、見開き右ページに一問一答を掲載しており、一問一答集ならではのスピーディーなアウトプットは本書にも健在です。

本書を使って学習すれば、標準的な「問われ方」はもちろん、難関大にみられるような角度を変えた「問われ方」にも正解できる総合力が身につきます。

本書を活用した多面的で骨太な学習により、用語を使いこなせる受験生、入試で点が取れる受験生へと生まれ変わりましょう。

本書があなたの第1志望校合格の手助けとなることを願ってやみません。


『世界史単語の10秒暗記 ENGRAM2250』(学研プラス)

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鈴木悠介——Yusuke SUZUKI[世界史]

予備校講師・参考書作家・予備校マニア・学参収集家。

著書『高校世界史をひとつひとつわかりやすく。』シリーズ(学研プラス)『世界史単語の10秒暗記 ENGRAM2250』(学研プラス)他。

鈴木悠介公式ホームページはこちら